ヒグマが人里に出没するのは、山に食べ物がなくなったからなのか。獣医師・ハンターの石名坂豪さんは「ヒグマは季節によって食べ物を変えながら暮らしている。人里への接近も、単純な餌不足だけでは説明できない」という――。(第2回)
※本稿は、石名坂豪『熊害(ゆうがい):獣医師ハンターが見たリアル』(NHK出版新書)の一部を再編集したものです。
小さな虫を食べて耐えるヒグマ
盛夏から晩夏にかけて(7月中旬~9月上旬)は、野生のヒグマにとって最も食物不足に陥りやすい過酷な時期である。フキなどの草本類は硬くなり、セリ科植物の根を食べようとしても、エゾシカが高密度に生息している地域では、多数派のエゾシカに先に食べられてほとんど生えていないこともある。
河川敷や送電線沿い、日当たりのよい斜面などで大きな石や倒木をひっくり返し、あるいは道路沿いの縁石の際を掘ってアリの巣を壊し、白い幼虫やサナギを食べる行動が、この時期にはよく見られる。スズメバチ類の巣を破壊し、刺されて痛そうにしながらその幼虫を食べることもある。低標高域では、シウリザクラなどの実を木に登って食べる。
知床半島のように標高の高い森林限界エリア(高山帯)にアクセス可能な地域に生息しているヒグマは、ハイマツの球果(松ぼっくり)やコケモモなどの高山植物の実を利用する。しかし高山帯に移動しにくい地域のヒグマは、この時期に人間の日常生活圏(人里)にある畑へ向かうため、農作物被害を出しやすくなる。
ヒグマは多種多様な農作物を食べ、地域による違いも存在するが、よく被害にあうのは小麦、ビート(甜菜)、スイカ、メロン、大豆、水稲、ソバ、ニンジン、スイートコーン、デントコーン(家畜飼料用トウモロコシ)などである。
以前の知床半島では、お盆を過ぎた頃から9月にかけて、大量のカラフトマスが小川を含む多くの河川に遡上し、ヒグマが容易に捕食することができた。そのため道内の他地域に比べて、動物性タンパク質や脂質が豊富な食物に恵まれていた側面がある。

