腐敗した鯨類の死体を喜んで食べる

しかし近年は地球温暖化に伴う海水温上昇の影響からか、知床半島に回帰・遡上するカラフトマスが激減しており、これが第1章で述べた大量出没の一因になっていると考えられる。

知床半島内の3河川におけるカラフトマス推定遡上数の推移
図版作成:小林惑名
カラフトマス漁獲量の推移(斜里町+羅臼)
図版作成:小林惑名
羅臼川を遡上するカラフトマスの群れ
写真:石名坂豪
羅臼川を遡上するカラフトマスの群れ
防水カメラで撮影したカラフトマスのオス
写真:石名坂豪
防水カメラで撮影したカラフトマスのオス

河川の河口でカラフトマスを捕食できなかったヒグマは、海岸線で小型の巻き貝の一種(タマキビ)を食べて飢えをしのぐが、トドやイルカ類、時に大型鯨類の死体が海岸線に漂着した時には、腐敗して人間には我慢できない臭気を発生しているような死体であっても、喜んで食べる。

大型鯨類死体の漂着時は、多数のヒグマが集合して体格順に順番待ちをするような光景もくり広げられる。まさに海からの恵み、「海と陸の生態系のつながり」であるが、実はこの恵みには人為的要素が多分に含まれている。

死亡した動物がクマのエサになる

海棲哺乳類の成獣の自然死亡率はそれほど高いものではないが、知床で夏期に漂着する海棲哺乳類の死体は、海流の上流部に当たる知床地域外に由来するものが混ざるにしても、かなり多い。

実は、前年の冬期~当年の春期にかけて沿岸で行われていた底建網そこたてあみや春定置網ていちあみ漁業で混獲され、溺死して海上で投棄され(海上で漁業者が作業中に投棄することは違法ではない)、低水温の海底に沈んで冷蔵保存されていた死体が、夏に水温が上昇してからやっと腐敗して腹腔ふくくう内にガスが貯留し、浮上して漂着するパターンが相当数あると推測されているのである。

あまり人間が関与しない大型鯨類の死体の場合を除けば、「人を介した海からの恵み」であり、人家から離れた海岸線に死体が漂着する分には、飢えたヒグマが住宅地に接近するのを防ぐ効果が期待できる。しかし、人家の目の前の海岸線に漂着してしまった場合は、非常に危険な状況となる。

ヒグマが食べていたトドの漂着腐乱死体。奥に民家がある
写真:石名坂豪
ヒグマが食べていたトドの漂着腐乱死体。奥に民家がある