※本稿は、石名坂豪『熊害(ゆうがい):獣医師ハンターが見たリアル』(NHK出版)の一部を再編集したものです。
日本の山岳史上最大の熊害事件
1970年(昭和45年)7月に日高山脈のカムイエクウチカウシ山(1979メートル)で、福岡大学ワンダーフォーゲル同好会事件が発生した。
この事件は、日本の山岳史上最大の熊害事件として知られている(※木村2015)。事件が起きたのは1970年7月25日から27日にかけてで、夏期合宿訓練で日高山脈を縦走中だった福岡大学ワンダーフォーゲル同好会の男子学生5名のパーティーがヒグマに襲撃され、そのうち3名が死亡した。加害個体は、救助隊が遺体収容作業中の7月29日に現場付近で射殺されたメスの亜成獣(繁殖参加前のいわゆる若グマ)とされている(※木村2015)。
※木村盛武(2015) 慟哭の谷 北海道三毛別・史上最悪のヒグマ襲撃事件. 220pp. 文藝春秋(文春文庫).
中札内村にある「日高山脈山岳センター」では、当該個体の剝製が現在も展示されている(同センターホームページ)。
この事件は、ヒグマが日をまたいで執拗に人間を付け狙い、複数の死者が出たことが特徴とされる。
最初の接触から事態が悪化していく
学生とヒグマの最初の接触は7月25日の午後4時半頃で、早めの夕食を済ませて全員がテントの中にいた際、テントから6~7メートルの位置にヒグマ一頭がいるのを学生の一人が発見した(※木村2015;羽根田2021)。
※羽根田治(2021) 人を襲うクマ 遭遇事例とその生態. 山と渓谷社(ヤマケイ文庫).
当初学生たちは興味本位でヒグマを観察していたが、そのうちテントの外に置いていたキスリング(当時主流だった横長の大型リュック)をヒグマが破って漁りだし、中の食料を食べ始めた。さすがに危機感を覚えた5人は、ヒグマの隙をみてキスリングを全てテント内に入れ、火を起こし、ラジオの音量を上げて食器を打ち鳴らすなどの対策をした。しかし同日夜9時頃にヒグマは再び現れ、爪が触れてテントにこぶし大の穴を開けて立ち去った。
翌日の7月26日には、ヒグマの再出現、接近とテントの破壊、テント内侵入、キスリングの食料漁り、ヒグマによるストーキング(追跡)、走って逃げ出した学生の一人を襲撃、と次々と事態が悪化していった。
そして7月27日には、3人いる状態で再度ヒグマと至近距離遭遇した際に一人だけヒグマの気を引くように斜面を駆け下りたリーダーが、やはりヒグマに追われて二人目の犠牲者となった。また、前日夕方にパーティーからはぐれて、無人の別大学の野営テント内に単独でいた1名も、シュラフごとテントから引きずり出されて攻撃された末に死亡した。

