可能な限り早く避難すべきだった
本事件の教訓としては、まず野営中に食料をヒグマに奪われ、漁られたことの危険性を過小評価したことが挙げられる。仮に私が猟銃なしで同じ状況に陥ったならば、食料強奪目的のヒグマにつきまとわれる未来を予想し、可能な限り早く避難、下山を開始する。
さらに、ヒグマからストーキングされた際に、一斉に背中を見せて逃走してしまったことは大きな判断ミスだった。ストーキング当初は、人為的食物に餌付いたこのヒグマは再び食料を奪おうとしただけで、人間を直接攻撃することが目的ではなかった可能性もあったと私は考えているが、これで一人目の犠牲者が出てから状況が一変してしまった。
ただし、彼らの判断ミスを後から指摘することは簡単だが、当時の彼らの置かれた諸事情についても考慮する必要があるだろう。現在のように海外のクマ事故の事例や背景(※ヘレロ 2000など)がよく知られておらず、ハンター以外でも高確率でヒグマを追い返すことが可能な武器である「クマ撃退スプレー」も開発前であった。
※ヘレロ S(2000) ベアアタックス クマはなぜ人を襲うか 1(. 嶋田みどり・大山卓悠 訳)260pp. 北海道大学図書刊行会.
また最初に食料を漁られた時間帯が夕方であり、避難のために夜間下山することのリスクの高さや、最短の下山ルートと野営地との位置関係の微妙さ、福岡へ北海道から帰るためには、金銭や貴重品が入ったキスリングを回収したかったという事情も理解はできる。
そもそも最初の接触については、福岡大パーティーの来訪以前に周辺の野営地で食料や残飯を漁るプラスの経験をすでにしていたヒグマが、同様の行動をくり返しただけであった可能性も高い。
食料を奪うことを学んだクマは危険
福岡大パーティーが荷物をヒグマから奪い返したことを最大の判断ミスとする言説も散見されるが、食料目的でつきまとうヒグマが近くにいる場所に長時間滞在してしまったことが問題であり、荷物を奪い返しても、再襲撃を受ける前に安全な場所に避難することができていれば、犠牲者は出なかった可能性がある。
現在であれば、ヒグマの隙をついて貴重品が入った荷物を奪い返した後、クマ撃退スプレーの残量があるうちに車内への避難や下山が可能なのであれば、荷物を奪い返す行為自体については、私は否定しない。道路沿いや住宅裏などでヒグマからエゾシカの死体を奪って回収する作業を過去に何度も実施したが、速やかに車で死体を持ち去れば、その後ヒグマは諦めて特に問題は発生しなかったことも、この私の考えの根拠の一つである。
ただし、登山者などから食料を奪うことを学習した個体を放置することは、安全管理上厳禁である。本事件を教訓として、クマ生息地では食料が入った荷物を放置しないことや、万一漁られてしまった場合は、最大級の警戒をして大至急避難すること、避難時にはクマ撃退スプレーはもちろん、予備の武器としてナイフ・ナタなども携行すること、次に同じ場所を訪れる人をリスクにさらさないため、たとえうしろめたくても、当該個体を迅速に捕殺するための速やかな情報共有を地元の関係行政機関や警察などと図ること、などが重要である。しかし、食料が入った荷物のデポ(一時残置)は、今日も国内のどこかの山で行われているのだろう。

