NHK「ブラッサム」では、珠(石橋静河)が元夫の弟である保(金子大地)と東京で一緒に暮らすシーンが描かれている。モデルとなった宇野千代は、どのような生活を送っていたのか。ルポライターの昼間たかしさんが、文献などを基に史実をひも解く――。

“離縁した夫の弟”との縁談が持ち上がった

NHK朝の連続テレビ小説「ブラッサム」。第4週(10月19日~)では、珠(石橋静河)の人生にいよいよ転機が。かつての嫁ぎ先の弟であり京都の第三高等学校に通う木村保(金子大地)と再会した珠。

旧制第三高等学校
旧制第三高等学校(画像=京都大学基金/PD-Japan-organization/Wikimedia Commons)

夏休みで岩国に帰省したという保と、二人は毎日会って話を交わす。そして保が京都に帰った後も、二人は手紙のやり取りを続けることに。そんな時、保の母・照子(山田真歩)が珠のもとへ訪ねて来て、京都で保の身の回りを世話するように提案。それどころか「ゆくゆくは、一緒になったらええ」とまで言い出すのだ。

あっという間に離縁した結婚相手。今度はその弟との縁談。しかも、乗り気なのは母親である叔母(なお、史実は実母の姉なので伯母)なのである。なかなか気まずそうなシチュエーションだが、史実もそうであった。

……と書くと、「照子が縁談を持ち込んだのは第2週(10月5日~)の亨一(小堀正博)の時もそうだったじゃないか」と思う人もいるだろう。ドラマでは、照子の持ち込んだ話で祝言を挙げたものの、亨一は珠にまったく興味を示さず、瞬く間に結婚生活が破綻した。

父の何気ない一言が“婚約”になった

ところが史実では、この縁談の発端は、父・俊次のひと言であった。

実際、千代は1911年(明治44年)11月に14歳で、実母トモの姉・藤村カツの長男で、千代の従兄にあたる藤村亮一と結婚式を挙げている。

そのきっかけというのは、けっこうひどい。後年、千代が語ったところによれば、かつて幼い亮一を連れて訪ねてきたカツに、俊次が「この子が大きくなったら、うちの千代の婿にしたいものだ」といった何気ない言葉を、カツが婚約を約束されたと受けとったのだという(Copeland, Rebecca L. “Uno Chiyo: The Woman and the Writer.” PhD diss., Columbia University, 1986. 日本語は筆者訳。以下も同じ)。

後年、千代は自伝的エッセイ『生きて行く私』(角川文庫、2015年)の中で、こう記している。

父は自分の余命幾何もないことを悟って、自分の生きている間に、私の嫁入りさきをきめておきたかったのではないか

病床の父が、余命を悟って娘の嫁ぎ先を決めた。ここだけ読めば、まあ泣ける話だ。