仕送りが減り、千代は着物を手放した

忠は千代に、自分を「兄さん」と呼ぶよう言い、二人の本当の関係を秘密にするように命じたのだ。

同棲しているのに、兄妹。千代にしてみれば「なんで?」である。理解はできなかったが、言われた通りにした。

幸い、二人はもともといとこ同士で、顔立ちも似ていた。兄妹で通用したのである。いとこ、許嫁、兄の元嫁、同居人。肩書きが多すぎて、いちばんシンプルな「兄妹」が、いちばん都合が良かったのかもしれない。

しかも、この生活はいきなりハードモードだった。なにより、金がないのだ。

理由は不明だが、忠の父親が予定より早く退職してしまい、仕送りが減ったのである。『生きて行く私』では、定年になって退職したと記されているが、実際には定年以前だったようだ。現代でいえば、親が早期退職して仕送りをカットされた大学生だ。昼ドラどころか、急に生活が重い。

困った千代は、まず手持ちの着物を手放した。……のちに着物デザイナーとして名を成す千代が、最初にしたのは着物をお金に換えることだったのだ。人生とは皮肉である。

『生きて行く私』で、千代は人生で初めて質屋に行ったことを記している。さらに着物も自分の手持ちだけではなくカツが持たせてくれた手縫いのものまで質入れしたというから、相当困窮していたのだろう。

なにより、身の回りの世話をするという名目なのに自分が質屋通いしなきゃいけないとは「話が違う」と困惑したのではなかろうか。

教科書を売って炭に…千代は留学生の日本語教師に

それでも足りない。今度は忠が、教科書を売った(『生きて行く私』)。

エリートの三高生が、教科書を売る。勉強する気があるのかと問いたくなるが、背に腹はかえられない。その金で買ったのが、炭である。

京都の冬は、底冷えする。兄妹という設定の二人は、炭で暖を取りながら、寒い冬をしのいでいたのだ。それも六畳一間、便所は共同の下宿で。

着物と本
左写真=iStock.com/zepp1969、右写真=iStock.com/Sergii Tverdokhlibov
困った千代は着物を手放し、忠は教科書を売って暖をとったという(※写真はイメージです)

しかし……愛だけでは、暖は取れない。

ここで本領を発揮したのが千代である。生活力が高い。千代は、中国人留学生に日本語を教える仕事を見つけてきて、働き出した。代用教員をクビになった女性が、日本語教師である。ここで元・代用教員の経験が生きるあたり、人生は何が役に立つかわからない。

ちなみにありがたいことに、留学生は決まった謝礼のほかに必ず米をくれたのだという。

こうした貧乏生活は、けっして不幸ではなかった。