彼は20年前から警告し続けていた

毎週月曜日にレギュラー出演しているテレビ朝日「大下容子ワイド!スクランブル」。2026年8月31日の番組では、正午から放送される深掘りニュース特集のテーマが、前日の日曜日夕方に、当初予定されていたロシア・ウクライナ情勢から、ネパールと中国を襲った大惨事へ急遽変更された。ニュースの差し替えと同時に、ゲスト専門家としてアルピニストの野口健さんが出演されることも伝えられた。

野口さんは、今回の災害が起きてから警告を発し始めたのではない。長年にわたって繰り返しネパールとヒマラヤを訪れ、同じ山、同じ氷河、同じ村、そして同じシェルパの人々を見続けてきた。その過程で、雪が雨に変わり、氷河が後退し、氷河湖が拡大し、雪崩や洪水、土石流が人々の生活を脅かしていく現実を目の当たりにしていた。そして、その危険性を約20年前から国内外へ訴え続けていたのである。

研究者が衛星や観測機器によって地球の変化を測定する存在だとすれば、野口さんは、自らの足で同じ場所を歩き続けることでヒマラヤの変化を記録してきた「人間の定点観測装置」だったといえる。

番組前と番組中に野口さんからお伺いしたお話のなかで衝撃的だったのは、以下のような内容だった。かつて氷に覆われ、氷壁として登った場所を数年後に再訪すると、氷が融け、岩肌の露出した崖のような姿に変わっていたというのである。その舞台の一つは、標高6189メートルのアイランドピークである。09年の登山記録には、山頂直下の氷壁を一手一手登ったと記されている。しかし、23年に娘の絵子さんと再び登った際には、氷が大幅に融け、激しい落石が発生していた。

氷河融解とは、白い氷が静かに少なくなっていくだけの現象ではない。野口さんが見た「氷壁が崖に変わる」という光景は、今回の氷河・岩石崩落へとつながる変化を、一枚の映像のように象徴している。地図上では、同じ場所に同じ山が存在している。しかし、実際の山は、すでに以前と同じ山ではない。まさに、地球の安全地図が書き換わっているのである。

番組で私は、今回の災害について次のようにコメントした。

気候の急激な変化を受けて、地球そのものが変化している。地球の安全地図が書き換わり始めている。だからこそ、これまでの安全を前提に築いてきた私たちの文明や都市、インフラ、国土を、変化する地球を前提として再設計しなければならない。すでに手遅れかもしれない。それでも手遅れだと思ってはならない。気候変動に本気で歯止めをかけ、この人類への警鐘を、今ここで具体的な行動へ変えなければならない。

野口さんの警告の原点は、抽象的な地球温暖化論ではない。実際の登山中に経験した異変と、身近な仲間やシェルパの人々が被った災害である。

【図表】野口健さんが見たヒマラヤ異変の20年

04年には、山の上部から崩落した氷河が、安全と考えられていたベースキャンプへ土石流のように押し寄せ、仲間の登山隊が全滅した。不安定になった氷河や岩盤は、ある瞬間に崩落し、巨大な運動エネルギーを持って人間を襲う。今回起きたことの原型を、野口さんは20年以上前に、仲間の死を通して経験していたことになる。

07年には、エベレスト街道上部のイムジャ氷河湖を視察した。地元のシェルパたちは、野口さんに「氷河湖が決壊したら、私たちは死ぬしかない」と訴えた。

(写真=iStock)