「たいへんだと思ったらできませんよ」
――なかにはすごく大柄なご遺体もありますよね。
【養老】100キロある人もいたけど、2人で運んでもたいへんだった。
【名越】大変だろうな、100キロの人を。
――聞いていると、養老さんが楽しそうに話されるので、おもしろいエピソードかなと思いますけど、ご本人としてはけっこう大変だったんじゃないですか?
【養老】たいへんだと思ったらできませんよ。
――それをなんでおもしろいと思えるんですか。
【養老】なんでかはよくわからないけど、おもしろいでしょ。鍵のネジを開けたり、お棺を階段で運んでいるときはさすがに大変だけど、おもしろいと思ってればね。でも、みんなそれで逃げちゃうんですよ。
いずれにしても、僕たちは献体がないと仕事にならない。解剖ができないわけだから。ご遺体が絶対的に必要なんですよ。
――そもそも解剖というのは、慣れるものなんですか?
【名越】僕らも学生の頃、解剖をやらせてもらったけど、10人ぐらいみたら全然平気になったな。
養老孟司が解剖をするときに「嫌なこと」
【養老】僕ら、直接手で遺体をいじるでしょ。嫌なのは、手と顔なんですよ。みんな気がつかないけど、生きている人と話しているときは、相手の表情を読んでるんですよ。ところが、死んだ人の表情って読めないんだよ。当たり前だけど動かないからね。見たことのない表情なんで、それで錯乱するわけ。
手も一応表情を持っているでしょ。手の解剖でいやなのは、相手の手を握らなきゃいけないこと。手を握るっていう行為は特別な意味をもっているからね。
中年の頃に、それに気がついて、飲み屋のカウンターで隣りあった見ず知らずのお客さんの手を不意に握ると絶対逃げるんだ、ものすごい勢いで(笑)。
【名越】本当そうですよ。僕もこの間、長崎のハウステンボスのイベントを見に行ったとき、体調が悪かったこともあって、座ったまま寝てしまったんですね。で、何かの拍子に夢を見て、どういうわけか隣の女性の手を無意識に触っちゃった。途端に、
「ぎゃっ!」
平謝りですよ。
「すいません、すいません、失礼しました!」
でも下手したら訴えられますよ。あれは本当に冷や汗が出ました。だからすごくよくわかるんですよ、お互いに手を触れるというのがどういう意味か。ものすごくパーソナルなことですからね。それを先生の場合はご遺体の手を触るわけで。