元日に死んだ人を病院の正面から出したくない

【養老】一番困ったのは、クリスマス頃だったかな、埼玉県から遺体を引き取って大学に戻って、いざ棺を出そうとしたら、車の後ろのドアが開かないんだよ。ドアの鍵が壊れていたんだと思うけど、自分で何とかしようと思って開けようとするんだけど、これがびくともしない。しょうがないから、バンのドアの後ろのネジをひとつずつ外していった。内側のねじを、お棺の上に腹ばいになって、全部外したんですけど、なんとか取れた。無事にお棺は出せて、あのときは本当にホッとしましたね。

もう一つ思い出したけど、元日に、埼玉の戸田市の病院で、身寄りのないお年寄りが亡くなった。その病院は小さかったので、ちゃんとした霊安室がないんだね。4階建てで、屋上にプレハブの霊安室があった。

そのときは東京寝台自動車という会社に搬送を頼んであって、運転手さんと一緒に1階まで降ろすことになったんです。まず4階に降ろして、エレベーターにのっけて、1階に着いてお棺を担いで出ようとしたら、向こうから看護師長さんが大きい体を揺らして走ってきて、「ダメ! ダメです」って。

「元日に死んだ人を病院の正面から出したくない」

というわけ。

お棺を非常階段で運ばなければいけなかった

【養老】どうしたらいいのかを聞くと、

「裏に非常階段がありますから」

と指を差すんです。

非常口ドアのサイン
写真=iStock.com/surachetsh
※写真はイメージです

で、また4階に戻って、今度は階段で降りなきゃいけなかった。階段ですからね、大変でしたよ。

とにもかくにも大学に連れて帰って、1人で遺体を処置するんですよ。ホルマリンの注入をやる。遺体を納められる冷蔵庫があるから、冷蔵庫に入れて、やれやれと思って帰ったんです。

ところが正月休みが明けて大学に行ったら、こう言われた。

「あれは東京医大にとられた」

ええ? って思って、理由を聞いたら、要するに東京大学と東京医大とを違えたらしいんだ。病院が連絡先を間違えたらしい。くたびれもうけでしたよ。僕は遺体を引き取りに行った日はたまたま熱があったんです。仕事を終えて帰ったら39度ぐらいあったから。そこまでしてお棺を取りに行って、ホルマリン注入までしたのに。

【名越】なんと! 先生、体が丈夫なんですね。

【養老】よく元気でいるよ。元々元気なんだね。