銀行員からベンチャー企業を興し、わずか3年2カ月で株式を上場。さらに、42歳で国会の赤絨毯を踏む。松田公太氏の足跡は誰もが羨むほどだ。しかし、その道は決して平坦ではなかった。

松田公太(まつだ・こうた)
日本を元気にする会代表。1968年生まれ。90年筑波大学卒業後、三和銀行(現・三菱東京UFJ銀行)入行。97年にタリーズコーヒー1号店を銀座にオープン。2010年パンケーキブームの火付け役となるEggs'n ings1号店を出店。同年参議院議員選挙に出馬し、当選。

「私は常に、より困難な道を選んできました。なぜなら、茨の道を行くほうが人間は成長できるからです。そこにこそ価値が生まれ、それを子供たちや社会に還元していくことが、自分の使命だと思っています」

日本でのタリーズコーヒー起業は、まさにこの言葉の実現にほかならない。友人の結婚式のために訪れたボストンで飲んだ一杯のスペシャルティコーヒー。その味にビジネスチャンスを感じ、みずから発祥の地であるシアトルに出向いて調査。「タリーズ」を交渉相手に定める。

(永井 浩=撮影)
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