死亡時に下りる金額が100億円という保険が、本書に登場する。もちろん、日本でそんな保険商品はない。しかし、海外にはある。「相続税対策として、この保険に加入している日本人資産家は少なくない」と著者は言う。一代で財をなした新富裕層には、税率の低い国に移住する者も多い。
今、東南アジアにおけるその一大拠点がシンガポールだ。プライベートバンカーとは、そこで個人資産家を相手に、税金逃れの水先案内人を務める銀行員。「金の傭兵」「マネーの執事」とも呼ばれる。
著者は、読売新聞の社会部で、長く国税庁を担当。1997年の第一勧業銀行総会屋事件や山一証券の破綻をスクープした実績を持つ。当初は「国税庁と巨額の税逃れをする資産家の攻防を描こう」と考えた。だが、何人ものプライベートバンカーを取材するうち、関心が彼らに移った。
「彼らの中には、資産家と呼べるほどの蓄えを持つ者もいます。しかし、多くは普通の人ですよ。賢くて向上心が強く、人間味もある。ただ、証券会社や銀行で億単位のお金を扱う経験をしていますから、金銭感覚が少し違う。巨額の取引も『車を1台売るのと同じ』と考えています」
国内資産の流出は、政府にとって頭の痛い問題だ。だが、その善悪は置いて、税金逃れの最前線で暗躍する彼らを、核に据えようと決めた。
中心人物とほか数名は実名で登場する。ノンフィクションの原則であり、内容が事実であるという宣言でもある。「初版で匿名だった取材相手に実名扱いの交渉を行い、重版時に加筆している」と言う。
上司の顧客剥奪や、顧客への詐欺など、さまざまな攻防にさらされる中心人物の日本人プライベートバンカー。「長期出張」と称して、3年もの長きにわたって海外の富裕層を追う国税庁の調査官。シンガポールを本拠として、活躍する日本人起業家など、一般にはなじみの薄い人々が次々に登場する。海外に移住した資産家の、意外に孤独でわびしい姿も描かれている。
著者は言う。「オフショア(課税優遇地)やタックスヘイブン(租税回避地)とは、いかなるものか。そこに資産を移す富裕層と、彼らに群がるバンカーたちの思惑と人間模様。本来ならば、国民の財産であるはずの情報を隠す国税庁など、私たち庶民の目には見えない巨額な税金逃れの実相を知ってほしい」。