男性には分からない苦労が女性にはある。その一つが授乳期の外出である。人前で授乳姿を見せるのが恥ずかしいという気持ちから、授乳期には遠出をあきらめる母親が少なくない。そうした状況を解決しようと、モーハウスの光畑由佳社長は立ち上がり、日本初の授乳服専門メーカーを作った。

自らの体験から授乳服を開発

光畑由佳・モーハウス社長。

赤ちゃんの免疫機能を高めるなど母乳で子育てをする意義が見直されて久しいが、ママたちにとって困るのが電車など公共の場での授乳である。

モーハウス社長の光畑由佳も同じ体験をした。

「当時、3歳の長女と生後1カ月の次女を連れて、電車を使って友人宅を訪ねたときのことです。車内で次女が急に泣き出し、なかなか泣き止みませんでした。乗客の視線を感じ、仕方なく服の前ボタンを外して授乳する羽目になりました」

光畑は、このとき授乳という当たり前の行為がなぜ自然にできないのか。なぜ、母親の行動を束縛してしまうのか違和感を強く感じた。1997年のことである。このことをきっかけとして、光畑は授乳用の服がないものか探した。ところが、国内には見当たらず、海外でもわずかにあるだけ。海外製を取り寄せて着てみると、「これを着ればどこにでも行ける」という解放感を得た。

しかし、海外製の授乳服は、授乳のための穴の位置が合わなかったり、縫製も甘いなど、使い勝手が悪かった。そこで、自分で作ろうと思い立った。

「当時は授乳服という言葉さえありませんでしたが、それを着るだけでこんなに気持ちが変わるのは面白いと思い、女性の悩みを解決できるのは、やりがいがあると思いました」

当時、光畑は建築関係の出版社で、書籍編集を担当していたが、その仕事を続けながら、授乳服を作り始めた。お茶の水女子大被服学科を卒業した光畑は服作りの知識もあったが、当初から商品化を目指し、友人のデザイナーと縫製のプロに頼み、98年に国産第1号となる授乳服をモーハウスのブランドで発売した。

製作は茨城県つくば市の自宅でスタートし、授乳服のコンセプトに共感してくれる母親や助産師たちが徐々に集まり、手伝ってくれるようになった。そこで、motherのMOに自宅のHOUSEを付けて、ブランド名をモーハウスとした。