輸入頼みの日本の食料供給

減反によって1967・68年に1445万トンまで拡大したコメ生産は700万トン程度に減ってしまった。

いま、国民への供給が満たされ、食料危機が起きていないのは、コメの生産が減った分を他の食料(小麦、大豆、食肉など)を輸入しているからだ。現に、今の食生活で国内農業は国内で供給される食料のカロリーのうち、国産で賄っている割合は37%にとどまる(図表4)。我々に食料を多く供給している主体は、国内農業ではなく輸入農産物である。

その低い自給率(国内農業)も、関税による高い国内農産物価格と膨大な財政負担(つまり消費者としての国民と納税者としての国民の双方の負担)によってかろうじて維持してきた。農業がないと国民は餓死するのではない。国民の負担によって農業が維持されてきたのである。今小麦100万トンの国内生産に財政が負担している2000億円を使えば、600万トンの小麦を輸入できる。

今の食生活は輸入で維持されている。しかし、台湾有事などでシーレーンが破壊され、輸入が途絶すると大変な危機が起きる。これに対処するためには、国内生産と輸入穀物等の備蓄しかない。このどちらもお粗末な状況である。

ベビーカーを押して、スーパーで商品棚を眺めている家族
写真=iStock.com/Yagi-Studio
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農水省は国民のために働いてほしい

農業界は、食料自給率向上や食料安全保障を叫びながら、それを損なってきた。1960年から比べて、世界の米生産は3.7倍に増加したのに、日本は4割の減少である。しかも、補助金を出して主食のコメの生産を減少させている。

戦時中のコメの配給は2合3勺だった。しかし、米軍による輸送船の撃沈などで海外からの食糧輸送が滞り、配給が2合1勺に減らされた。こうした食糧事情の逼迫のなかで、日本は降伏せざるを得なくなった。終戦時、東京深川の政府倉庫には東京都民の3日分のコメしかなかった。

輸入食料が途絶したとき、国民に戦時中の配給米2合3勺を供給するためには1600万トンのコメが必要であるが、減反のおかげで今の日本には100万トンの備蓄等も含めても800万トンしか供給できない。この計算では、現在のコメ生産と備蓄だけで配給を維持できるのは半年程度にすぎない。

減反は水田面積の4割に及ぶ。また、コメ生産を減らすことが減反の目的なのだから、コメの面積当たり収量(単収)を増加させる品種改良もタブーになった。今では、カリフォルニアのコメ単収(生産性)は日本の1.6倍、1960年頃は日本の半分しかなかった中国にも追い抜かれている。

日本の農業や農政は食料安全保障に役に立たないどころか、それを損なってきた。食料危機が起きれば、農水省はない方がよかったと国民は気付くだろう。誰のために仕事をしてきたのだろうか。