糖尿病患者ほど認知症リスクが高い
私たちの身近なところに脳を蝕む「魔の手」が潜んでいます。それは毎日の食事で摂取している「糖」です。過剰な糖の摂取を長年続けると、糖尿病を発症することは知られていますが、糖尿病の人は認知症リスクが高いこともわかっています。
九州大学による福岡県久山町の調査でも糖尿病と認知症の関係が明らかになっています。1988年に同町の生活習慣病検診を受けた60歳以上の人で糖尿病の検査(75g経口糖負荷試験)を受けた認知症のない人(1017人)を対象に15年間追跡調査が行われました。その結果を利用して、糖尿病が認知症発症に及ぼす影響を解析したところ、糖尿病のある人は、ない人に比べて全認知症で1.7倍、アルツハイマー病で2.1倍リスクが高いことがわかったのです。
なぜ糖尿病が認知症リスクを高めるのでしょうか。そもそも糖尿病には「1型糖尿病」と「2型糖尿病」があります。1型糖尿病は、血糖値を下げる唯一のホルモン、インスリンをつくる工場(膵臓のベータ細胞)が破壊されてしまうことで起こります。一方「2型糖尿病」は、体内でインスリンはつくられているものの量が不足したり、インスリンがうまく働かなくなったりして血糖値が上昇します。また、2型糖尿病は糖の過剰摂取が大きく影響していると考えられています。糖を過剰に摂取すると、体内で処理しきれなくなった糖が、内臓脂肪や脂肪肝といった「行き場のない脂肪」として蓄積されます。蓄積された脂肪細胞からは、体に害を及ぼす「炎症誘発物質」が分泌され、血液の流れに乗って脳を含む全身へとばらまかれます。これにより、体全体に低レベルの炎症、すなわち「末梢での炎症」が引き起こされるのです。
これは風邪をひいたときのような急激で高いレベルの炎症ではなく、通常の病院の検査(CRP)では異常値として現れないほどの、きわめて微弱な炎症です。CRPは体内で炎症や組織の損傷が起きたときに血液中で急激に増えるタンパク質ですが、高感度CRPという特殊な指標を用いることで初めて捉えられるような微弱な慢性炎症が、臓器連関を通じて同じように脳内でも発生します。臓器連関とは、ホルモンや神経、免疫物質などを介して複数の臓器や組織が互いに影響しあって、全身の機能や病態をつくる仕組みのことです。
私はこの仕組みを「大火事ではなく、壁紙の下で配線がショートして、煙を上げながらじわじわと燃えているような状態」と表現しています。この「静かな火事」が10年、20年という長い歳月をかけて脳の細胞を徐々に蝕み、やがてある日、臨界点を超えたときに認知症(アルツハイマー病)の発症へとつながると考えています。
脳の慢性炎症に加えて、もうひとつリスクをもたらすのが「インスリン抵抗性」です。食事によって血液中に大量の糖が急激に流入すると、血糖値が急上昇する「血糖値スパイク」が発生します。このとき、私たちの体は血糖値を下げようとして、膵臓から「インスリン」を大量に分泌しますが、間食や早食いを繰り返し、常に高血糖状態をつくり出していると、血中のインスリン濃度が常に高い「高インスリン状態」のまま下がらなくなってしまいます。常にインスリンが溢れている状態に晒され続けると、今度は細胞がインスリンに慣れてしまい、その効き目が悪くなります。これが、インスリンに対して反応しにくくなる「インスリン抵抗性」と呼ばれる状態です。膵臓を雑巾のように何度も絞って無理やりインスリンを出し続けた結果、体がその刺激に鈍感になってしまうのです。
疫学調査によると、体内でこのインスリン抵抗性が強まると、脳内でも同じようにインスリンの効きが悪くなり、アルツハイマー病のリスクは1.2倍に跳ね上がることが示されています。アルツハイマー病には、脳内のゴミ(アミロイドβ)の蓄積が関係していると考えられていますが、実はインスリン抵抗性が、そのリスクを爆発させる決定的なトリガー(引き金)になる可能性があるのです。たとえ遺伝的リスク(アミロイドβの蓄積を招きやすいAPOE4遺伝子など)を持っていたとしても、体にインスリン抵抗性がなければ、そのリスクは大きく抑制されるのです。
前述の福岡県久山町で行われた調査では、遺伝的リスクがある人であっても体にインスリン抵抗性や高血糖がない場合は、アルツハイマー病の特徴である老人斑の蓄積を抑え、発症リスクを大幅に軽減できる可能性が示されています。インスリン抵抗性についてはまだ解明されていない部分もありますが、認知症を予防するには、インスリン抵抗性をつくらないことが重要だと考えられます。
若者も油断できない「血糖値スパイク」
インスリン抵抗性につながる「血糖値スパイク」は、将来の認知症リスクを高めるだけではありません。日々の脳のパフォーマンス低下にも直結しているのです。食事の後に血糖値が急上昇すると、強烈な眠気に襲われ仕事や勉強の効率を著しく落としてしまいます。これは中高年だけの問題ではありません。
私の研究室で行っている、20代前半の医学部生を対象とした学生実習(糖負荷試験)で、驚くべきデータが得られました。通常の健康診断では測定しない「糖分を摂取した15分後」という初期の血糖値をチェックしたところ、なんと糖尿病患者に匹敵するほどの著しい高血糖状態になっている学生が、毎年のように一定数見つかるのです。検診の数値(空腹時血糖値やヘモグロビンA1cなど)は「正常」と出ていても、彼らの体内ではすでに強烈な血糖値スパイクと、それに伴う高インスリン状態が繰り返されています。つまり、20代の若さにして、すでにアルツハイマー病への道を一歩ずつ歩み始めている可能性があるのです。
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