ランウェイから「エレガンス」が消えた日
「最近のハイブランドの服や靴は、奇抜すぎて理解できない」
休日の都心や高級ホテルのラウンジで、若きエリートやインフルエンサーたちが身にまとうハイブランドのアイテムを見て、そう首をかしげるミドル世代は多いだろう。
それもそのはず、現在のハイブランドの店頭を席巻しているのは、かつての洗練されたエレガンスとは対極にある「悪趣味(アグリー・ファッション)」である。
例えば、海外セレブやファッション感度の高い富裕層の間で神格化されている名門メゾン、スキャパレリ(Schiaparelli)の公式サイトを開いてみるといい。
同ブランドが現在販売している「TROMPE L'OEIL BOOTS(騙し絵ブーツ)」は、つま先部分に「人間の足の指」がそのままゴールドPVC(金色の樹脂)で立体的に張り付いているという、極めてシュールで奇抜なデザインだ。一見すると不気味にすら感じるこの騙し絵ブーツに、富裕層は77万円という大金を喜んで支払う。
また、ヴァレンティノ ガラヴァーニ(VALENTINO GARAVANI)が展開する「スノーイッシュファー アンクルブーツ」も極端な例だ。足の形を完全に無視し、まるで雪男の足のように全体が巨大なファーで覆われたこの不格好なブーツは、約39万円という価格がつけられている。
これは決して特別な例ではない。こうした「悪趣味」の系譜は数年前から続いている。
かつてバレンシアガから発売され大バズりした「Defender “Worn-Out”」に至っては、タイヤのような極厚のソールを持つスニーカーの全体に、まるで泥水の中を歩き回った直後のようなリアルな泥汚れ加工が施されていた。親が見たら「捨てなさい」と怒るような泥だらけの靴に、当時の富裕層は約20万円という価格を喜んで支払っていたのである。
教養よりも流行とお金を優先する「なんちゃって富裕層」たちは、なぜこのような一見すると不格好な靴や悪趣味な服をこぞって買い漁るのか。その背景には、現代特有の恐ろしい「SNS病」が隠されている。
「美しさ」で視線は奪えない
彼らが奇抜なアイテムに大金を投じる理由を理解するためには、現代の購買目的が根本的に変容している事実を認識しなければならない。
かつての富裕層にとって、ハイブランドの服飾品を買う主な目的は「他人の羨望を集めること」であった。上質なウールで仕立てられた美しいシルエットのジャケットや、滑らかなレザーの重厚な鞄を持つことで、自らの社会的地位や豊かな教養を周囲にアピールしていた。そこには「美しいものを身につけたい」という普遍的な美意識が存在した。
しかし、主戦場が現実空間からSNSのタイムラインへと移り変わった現代において、そのルールは無効化された。美しく洗練されたクラシックな服は、TikTokやInstagramといったSNSのタイムライン上では、背景に同化してしまう。どれほど上質な生地であっても、スマートフォンの小さな画面越しではその質感は伝わらない。つまり、伝統的なエレガンスは、現代の承認欲求を満たすためのツールとしては機能しなくなってしまったのである。
現代の富裕層やインフルエンサーが求めているのは、「美しいと褒められること」ではない。次々と流れてくる情報の波の中で、他人のスマートフォンのスクロールを0.5秒でも止めさせ、「何それ?」と二度見(認知)させるための強烈なフックである。
だからこそ、、黄金の指が張り付いたブーツや、雪男のような巨大ファー靴そして泥だらけに加工されたスニーカーが必要になる。彼らは靴という「実用品」を買っているのではない。他者の視線を強制的に奪い取るための「視覚的ノイズ」に対して、数十万円の対価を支払っているのである。


