日本で経済格差が広がっている。在米ジャーナリストのシェリーめぐみさんは「海外からは、景気低迷や人口減少ではなく、政策の結果と見られている。しかし、日本ではその責任を問うことは少ない。そこには政府が広めた自己責任という言葉がある」という――。
海外メディアが相次いで報じている「日本の貧困」
「豊かな国」日本で、働いても生活できない人が増えている――。
シングルマザー、高齢者、非正規の若者、激安スーパー、ネカフェ難民。ここ数年、海外メディアが相次いで報じているのは、かつて世界有数の豊かさで知られた日本の、もう一つの姿だ。
ではなぜこうなったのか。
日本国内では、生活苦はしばしば「努力不足」「備え不足」「もっと働けばいい」という自己責任にされることがある。だが、後述するように、国際機関のリポートではその要因を、低賃金の非正規雇用、弱い再分配、女性を不利にする税・社会保障制度などとしている。明らかに政策の領域にある問題だ。
本稿では、海外メディアや研究者が見た日本の現状から、自己責任という不思議な価値観が、なぜここまで広がったのかを考えてみたい。
今年1月の英ファイナンシャルタイムス記事は、「激安店通いが日本人の日常になった。」という見出しで、激安スーパーの増加とそこに集まる消費者の声を取り上げている。激安Gekiyasu(激安)、節約一家Setsuyaku-Ikka(節約一家)という日本語をそのまま用い、貧困が一部の弱者の話ではなく、中流層にまで降りてきたことを伝えている。
翌2月の別の記事では、ジャーナリストのトム・フェイリングの著書を紹介しながら、日本の若者を“futureless”――「将来を描けない」世代と表現した。貧困とは今日食べられないことだけではない。結婚、子育て、住居、老後といった「未来を組み立てられない」ことまで含むようになっていると伝えている。

