生活保護費13万円を8カ月もらった
生活保護費は毎月13万円ほど。家賃5万4000円はその中から支払った。
望月さんは3カ月間だけ休養し、すぐにサービス系企業の事務の仕事を見つけ、9月からは一般雇用で働き始めた。すると11月に保護停止となり、2月に廃止に。生活保護受給期間は8カ月だった。
ところが望月さんは、直属の上司からろくに仕事を教えてもらえないまま1年経つ頃にリーダーを任され、残業が増え、またしてもうつ病が悪化。約2カ月半の休養の末に退職し、現在は失業保険と障害年金で生活している。
「失業保険の期限が切れるまでに再就職したいと思っています。医師の診断は反復性うつ病。客観的に見ると、もう一度生活保護を受けて、焦らずにじっくりうつ病を寛解させたほうが、安定して生活できるようになるのではないかと思います。ですが、『早く独り立ちしないと』という固定観念のようなものや焦り、生活保護を再度受けることへの後ろめたさがありました」
そこまで焦るのはなぜなのか。子どもの頃に、両親や祖父母、教師などの身近な大人のことを聞いていくと、ある共通点があった。
「周囲の大人からはしょっちゅう『働かざるもの食うべからず』と言われていました」
抵抗感のある生活保護ではなく、例えば母親と同居すれば、家賃や食費などの負担が軽くなるのではないか。そういった選択肢を筆者が提案すると、
「母からも、都営住宅などで一緒に暮らす提案を何度かされていますが、今は自立して、一人で生活したいと思っています」
と答えた。
『自分の分まで強く生きてほしい』
筆者はこれまで生活保護受給経験者10人に話を聞いてきたが、生活保護を利用しても、あまり人生が好転しなかったのは望月さんが初めてだった。
望月さんは父親の自死により、現在までグリーフ状態に陥ったままであるため、心身に負担が出るとさまざまな不調が出てしまうのではないだろうか。
「父の遺書にあった『子ども達へ 自分の分まで強く生きてほしい』という言葉によって、私は今生きているのかもしれません……」と話す彼女にとって、父親の影響が大きかったことは確かなようだ。
グリーフと折り合いをつけて生きていくためには、心の中に溜めこんでいた感情や思いを少しずつでいいので出し、気持ちを整理していくことである。
それは心療内科医やカウンセラーなどの専門家でも、親しい友人や恋人でもいい。
父親の遺言を果たすために、まずはグリーフと折り合いをつけることが、必要不可欠なことではないだろうか。
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