父亡き後の貧しい暮らし
父親が自死したとき、妹は高校生、弟は中学生だった。父親は1000万円以上の借金を残して亡くなったため、家族全員で相続放棄をした。父方の祖父母はすでに亡くなっており、母方の祖父母は高齢で頼れなかった。
母親はサービス系の会社に就職し、遺族年金や奨学金、教育ローンなどを利用して2人を大学まで行かせた。
望月さんも転職活動の末にホテルに就職が決まると、月に5万円ほど母親に渡した。
「父の死後は、しばらく4人で生活していましたが、とても貧乏だったので、家賃が払えずたびたび滞納していましたし、電気・ガスが止まることは日常茶飯事でした。トイレが壊れて水が流れなくなっても修理できなかったので、用を足したら自分でバケツに水を汲んで流すという生活をしていました」
父親の死後、望月さんは時々体調を崩すようになった。なぜなら、父親が何度も夢に出てくるようになったからだ。
「父が夢に出てきて、『後悔している、申し訳ない』と謝るのです。そして不思議なことに、夢の中では私が父になり、何度も自殺するのですが、自殺しても自殺しても死ねないため、何度も何度も繰り返しました」
望月さんは、「自殺する夢を何回も見ると、現実でも同じことをする」と聞いたことがあったのと、「今も父が苦しんでいるのではないか」と思ったため、霊能力者を探し、相談した。すると霊能力者は、「お父さんが何度も自殺しているのは、まだ苦しいからだと思います」と言う。
そこで望月さんは、霊能力者を伴って父親の会社があった建物に行き、浄化してもらった。それからというもの、父親の夢は見なくなった。
ところが、体調不良はその後も続き、20代半ばのあるとき、心療内科を受診すると、「不安障害」「パニック障害」と診断された。
望月さんはその後、たびたび休職や退職を繰り返し、32歳の時にコールセンターに転職。
こうして冒頭につながる。
コールセンターに勤め始めて1年半ほどでスーパーバイザーに抜擢された望月さんは、度重なるクレーム対応に精神的に疲弊。約1年後に「うつ病」と診断されると、主治医の勧めで4カ月間休職、その後退職を決断した。
「あの時気付いていたら」と自らを責める
父親が亡くなった時、望月さんは「あの時気付いていたら……」と自分自身を責めた。もしかしたら仕事でのストレスや疲労はきっかけにすぎず、一番は自責の念が解消されなかったことが、うつ病の原因なのではないだろうか。
大切な人を亡くした時、残された家族などが自分の気持ちや感じていることを表に出せず、心にフタをして抑え込んでしまった状態を英語で「グリーフ(grief)」と言い、日本では主に「悲嘆」と訳されている。
大切な人の死別後の心の傷は、身体の怪我と違って目に見えるものではないため、周りの人に気づかれることなくストレスやフラストレーションが溜まり、身体にその影響が出てしまうことがあると言われる。
望月さんは父親の死後、長子であるという立場や責任感から、気丈に振る舞い、母親を助けてきたのだろう。
「家族で父の思い出を話したり、悲しい気持ちを吐き出したりしていたとは思います。ただ、後悔や自責の念が強すぎて、なかなか気持ちを整理することができませんでした」
父親の思い出話や「悲しい」という気持ちは言葉にしてきたのかもしれないが、後悔や自責の念を言葉にして吐き出しきれてはいないのかもしれない。

