「正直支えられない」と別れを切り出され
望月さんはコールセンターに転職した頃に同棲を始めていたパートナーがいた。福祉系の仕事をしていた彼とはSNSを通じて出会った。
ところがその彼は、休職した望月さんを最初は心配してくれたが、だんだん「いつまで働かないの?」と繰り返すように。
そしてついに休職して2カ月ほど経った頃、「正直支えられない」と別れを切り出され、同棲を解消することになってしまった。
「家賃は折半していて、休職してからも払っていたのですが、精神疾患に理解がない人だったので、『ただの甘え、怠けているだけだ』と思われていました」
望月さんは父親が亡くなってからというもの、彼氏ができると「いつかいなくなるのではないか、捨てられるのではないか」という不安が出てくるようになったという。また、彼氏から少し連絡が来ないと、「事故に遭ったのではないか、万が一のことがあったらどうしよう」と過剰に心配するようになっていたという。それは父親が突然亡くなったことによるトラウマ反応だったのかもしれない。
「あの時、(父の異変・気持ちに)気付いていたら……」と自分を責めたまま、事実と気持ちを整理せずにいるために、“見捨てられ不安”が強く出てしまっていることが考えられる。
「働かざるもの食うべからず」
望月さんは4カ月の休職で快復してきたため、コールセンターの仕事にパートタイムでの復職希望を出す。しかしフルタイムでの復帰しか認められなかったため、そのまま退職することになった。
それから約1年の休養中、障害者手帳を申請した望月さんは、障害者雇用で在宅の仕事をすることに。しかし半年後、うつ病が悪化し、再び休職。快復する兆しがなかったため、半年で退職することになった。
その頃、住んでいたアパートの更新時期を迎えた望月さんだったが、更新料を払うお金がなく、役所の生活保護の窓口に相談に行く。事情を説明すると、すぐに申請は認められ7日後には受給が始まった。38歳の6月のことだった。
母親(60代)や30代の妹、弟にも扶養照会が行ったが、みんな経済的に余裕がなかった。
「引っ越し代と初期費用をすぐいただいて引っ越しと生活の立て直しをできたことはとてもありがたかったです。でも、家族に扶養照会されることと、自分の口座の入出金を調べられるなど生活に制限がかかること、生活保護を受けることの申し訳なさや羞恥心がありました」

