できない人は「ドクロ」…ブラック企業に就職
2017年3月。大学を卒業した足立しのぶさん(仮名・30代)は、生命保険会社で働き始めた。
「配属先は店舗営業でした。連日ノルマノルマで、パワハラもあって、ブラックで。みんなどんどん病んで辞めていく世界です。締め切りまであと何日かしかないのに、契約がとれてないとかで精神的に追い詰められすぎて、朝礼中に倒れる人もいました。昔ながらのやり方で、営業ノルマを達成できた人はお花がつけられて、できない人はドクロマークを貼られたりして、私も心療内科へ通うようになりました」
足立さんは「自律神経失調症」と診断。心療内科医に辞職を勧められ、2年半で辞め、その後はカフェでアルバイトをすることに。
「母がおかしいのは子どもの頃からですが、乳がん発覚後の“発狂”以来、いっそう激しくなった母の情緒の波を抑えるために、機嫌を取り続けなきゃならないことと、世の中がどんどんデジタル化して、母が取り残されて一人では何もできなくなっていくので、身の回りの世話をしなくてはならないこと、そして、母から門限を20時に決められていることで、一般企業に勤めることは諦めました」
「独裁国家」終わりの始まり
2020年7月。同居している87歳の祖父が自宅の段差で転倒。
体を動かすと痛がるようになり、ほぼ寝たきりになってしまったが、本人が病院を拒むため、在宅で祖母が中心になって世話をすることになった。
「当時は介護の知識がなくてどうしたらいいかわからず、地域包括支援センターなどに繋げることができずに自宅で見ていたら、1カ月くらいで床ずれがひどくなって、すごく痛がるようになってしまいました」
8月。悪化した床ずれをひどく痛がるようになったため、祖母が救急車を手配。
「床ずれが悪化しすぎて、そこから菌が入り込み、壊死寸前になっていたそうです。その時に病院から包括支援センターを紹介してもらい、祖母がケアマネさんと『退院したら介護ベッドをレンタルしましょう』といった話し合いをしていました」
当時はコロナ禍だったため、8月上旬に入院した後、一度も祖父と面会ができないまま、10月に入った。
それからすぐのこと。「お祖父さんが、息をしていません」との連絡を受けた。
「入院して3カ月、順調に回復していたと聞いていましたが、朝、看護師さんが祖父の心電図から反応がないことにナースステーションで気づき、心電図が外れているのかと見に行ったら、息をしていなかったそうです」
死因は老衰とされた。87歳だった。


