祖父母が亡くなり、残ったのは精神疾患のある60代の母親。機嫌を損ねれば烈火のごとくわめき、怒る。小さい頃からそんな母親に手を焼いた30代の娘の本音は母親ときっぱり別れ、結婚すること。だが、母親は娘に門限を課し、献身的な介護に「ありがとう」の一言もない。娘は今、「母があの世にいったらしたいことリスト」を考え、それを日々の励みにしているという――。(後編/全2回)
振り替えって庭を眺めている女性
写真=iStock.com/Kayoko Hayashi
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前編の概要】関東在住の足立しのぶさん(仮名・30代)は、現在60代半ばの母親と同居している。ずっと「実家を出たい」とは思っているが、一人では何もできない“おかしな”母親と、母親のせいで胃を壊して宗教にのめり込んでしまった別居中の父親を残して「出ることは難しい」と自問自答を10年もの間繰り返している――。

できない人は「ドクロ」…ブラック企業に就職

2017年3月。大学を卒業した足立しのぶさん(仮名・30代)は、生命保険会社で働き始めた。

「配属先は店舗営業でした。連日ノルマノルマで、パワハラもあって、ブラックで。みんなどんどん病んで辞めていく世界です。締め切りまであと何日かしかないのに、契約がとれてないとかで精神的に追い詰められすぎて、朝礼中に倒れる人もいました。昔ながらのやり方で、営業ノルマを達成できた人はお花がつけられて、できない人はドクロマークを貼られたりして、私も心療内科へ通うようになりました」

ショルダーバッグを手に歩いている女性
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足立さんは「自律神経失調症」と診断。心療内科医に辞職を勧められ、2年半で辞め、その後はカフェでアルバイトをすることに。

「母がおかしいのは子どもの頃からですが、乳がん発覚後の“発狂”以来、いっそう激しくなった母の情緒の波を抑えるために、機嫌を取り続けなきゃならないことと、世の中がどんどんデジタル化して、母が取り残されて一人では何もできなくなっていくので、身の回りの世話をしなくてはならないこと、そして、母から門限を20時に決められていることで、一般企業に勤めることは諦めました」

「独裁国家」終わりの始まり

2020年7月。同居している87歳の祖父が自宅の段差で転倒。

体を動かすと痛がるようになり、ほぼ寝たきりになってしまったが、本人が病院を拒むため、在宅で祖母が中心になって世話をすることになった。

「当時は介護の知識がなくてどうしたらいいかわからず、地域包括支援センターなどに繋げることができずに自宅で見ていたら、1カ月くらいで床ずれがひどくなって、すごく痛がるようになってしまいました」

8月。悪化した床ずれをひどく痛がるようになったため、祖母が救急車を手配。

「床ずれが悪化しすぎて、そこから菌が入り込み、壊死寸前になっていたそうです。その時に病院から包括支援センターを紹介してもらい、祖母がケアマネさんと『退院したら介護ベッドをレンタルしましょう』といった話し合いをしていました」

当時はコロナ禍だったため、8月上旬に入院した後、一度も祖父と面会ができないまま、10月に入った。

それからすぐのこと。「お祖父さんが、息をしていません」との連絡を受けた。

「入院して3カ月、順調に回復していたと聞いていましたが、朝、看護師さんが祖父の心電図から反応がないことにナースステーションで気づき、心電図が外れているのかと見に行ったら、息をしていなかったそうです」

死因は老衰とされた。87歳だった。