母が死んだらしたいことリスト
母親はスマホが使えず、通信手段は現在もガラケーのまま。家電を使うのも苦手で、セルフレジが使えないため外出しなくなり、カタログ通販で洋服を買い、情報を得るのはテレビとラジオのみだ。
「母は60代半ばですが、感覚的には80代か90代みたいです。祖母が亡くなって、買い物や外に出る練習を始めようかとも思うものの、世の中が変りすぎてしまっていて、難しい気がしています。母は一人では何もできないので、私は家を出て一人暮らしをすることもできません」
足立さんはこうした「デジタル化しすぎた社会」に、母親のような高齢者や障害者などの“デジタル弱者”が取り残されていると感じ、政治家に陳情するなどの活動を始めている。
そんな足立さんがある時、「私はヤングケアラーだ」と言うと、母親はこう言い放った。
「ヤングケアラーっていうのは、もっと立派な子のことだ!」
そんなエピソードの数々を語る途中、足立さんは静かにつぶやいた。
「母は私の心をぐちゃぐちゃにします。本当は結婚して家を出たいです。子どももほしい。でも母を残しては行けない、父は父で、母とふたりきりにしたら、母に罵倒されて胃に穴があいて、今度こそ死んじゃうかもしれない。もしも今、デジタル化がこんなに進んでいなかったら、私が家を出ていったとしても、ヘルパーさんとかを頼れば一人でも母は暮らせたかもしれません。私はずっと、どうしてこんな家に生まれてしまったんだろう? と考えたり、産まれた時代を憎んだり、世の中に苛立ったりして生きています」
足立さんは、「母親から離れたい」「殺したいほど憎んでいる」「このままではいけない」とわかっているにもかかわらず、「見捨てられない」と言って実際には行動に移さない。
筆者には、足立さんと両親は、共依存関係に陥っているように見えた。
「そうですね。親に洗脳されているのに近いと思います。今のつらさや苦しさを乗り越えるために、よくないことですが、母があの世にいった後の自分を想像しています。終電に乗ってみたいとか、髪を染めたいとか、『母が死んだらしたいことリスト』を作って生きる糧にしています」
「母が暴れるのが怖いんだと思います」
心の底から母親と離れたいと願っている足立さん。思い切って、母親の介護を父親に任せて家を出るという方法もあるのではないか。でも、本人は「できない」と首を振る。
「母を介護することにやりがいも喜びもありません。『こっちから頼んでないけど? 恩着せがましいこと言わないで! アンタが何してくれてるっていうの? なんもしてないじゃない! アルバイトなのも、結婚できないのも、ぜんぶ自分のせいでしょ!』と罵倒されるだけ。もし、少しでも『ありがとう』とか『ごめんね』といわれたら、やりがいみたいなものがあったと思います。
私の場合は、母がキレないように機嫌を損ねないようにただただ毎日自分の人生をドブに捨てて、母という爆弾の解体・処理をしてるみたいなもの。『母のためにやっている』というのもあるけれど、母が暴れるのが怖いんだと思います。
いくら私が怒っても、人の感情がわからない母にはなんにも響かないんです。私の心をぐちゃぐちゃにしておいて、数分後にはケロッとしていたりするので、虚しく感じるだけです」
結局足立さんは、母親と距離を置くことが大事だとわかりつつも、「実現は難しい」と表情を曇らせるばかりだった。
「私の中で、祖父母や母から植え付けられた『罪悪感』を拭うというのはそれほど難しいのです。例えば、夜帰るのが20時を過ぎるだけで、『罪悪感』で過呼吸になりそうになるのですが、あまり『動こう! 離れよう』と焦ると、『それならば殺してしまったほうが早くない? 刑務所くらい入るよ!』という気持ちが冗談抜きで出てきてしまいます……。
母は来年65歳になるので、施設に入れることを考えています。母は人と関わるのが嫌いじゃないから、数日お試しで入居したら案外ハマるんじゃないかな、なんて思っています」
取材した筆者をはじめ、ケアマネ、ヘルパー、訪問医など多くの大人がこの家族(母親と足立さん)に関わり、違和感を覚えているはずなのに、誰も足立さんを救い出すことができない。その事実に無力感を抱かざるを得ない。



