脱サラした父親

両親は、同じ出版系の会社で出会い、20代後半で結婚。結婚してすぐに望月さんが誕生している。その後、4歳下に妹、6歳下に弟が生まれた。

父親は50歳くらいで脱サラして、従業員10人以下の小さな出版社を立ち上げた。

「仲の良い家族だったと思います。夏休みに家族で海に行ったりしていました。生活に困ることはなく、ダンスやピアノを習わせてもらっていましたし、何不自由なく暮らしていました」

母親は望月さんが小5、妹が小1、弟が幼稚園の年中になったタイミングでパートに出るように。そして望月さんが中学生になった頃からは、母親も父親の会社の手伝いをするようになっていた。

「父は、子どもの頃はやさしかったのですが、うまくいかないことがあると怒っていたので、感情の起伏が激しい人だと思っていました。母は明るい性格で楽観的な人でした」

高校を卒業した望月さんは、そのまま父親の会社の事務の手伝いをするようになった。

夜10時、警察からの緊急電話

そして望月さんが20歳になった2007年の冬。

その日は15時頃に父親の会社に行った。会社に着くと、調子が悪いファクスをいじりながら、父親が諦めたような顔をしていた。

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望月さんは、自分の事務の仕事を黙々と片付けると、19時頃には父親に「じゃあね」と行って帰路に就いた。帰り道、なぜか頭痛に見舞われた望月さんは、家に着いて夕飯を食べると、すぐに寝てしまった。

ところがその日の22時過ぎのこと。妹の声で目が醒める。

「お父さんが自殺したって!」

びっくりして飛び起きると、続けて妹が言った。

「警察から連絡。『お父さんが自殺されました。○○病院に来てください』って」

「妹、弟、母で病院へ向かいました。電話では安否は知らされませんでしたが、もう父の命はないかもしれないと脚の震えが止まりませんでした。『生きていますように』と願いながら病院へ向かいました」

病院へ到着すると、通された先は霊安室だった。

「ぐちゃぐちゃだったらどうしよう……と思っていたのですが、顔はきれいな状態だったのは幸いでした」

その後、会社に行くと、父親の机の上に遺書が残されていた。そこには殴り書きのような字で、「もう限界だ」という内容と、家族への思いが書かれていた。

「私が『じゃあね』と言った時の父の何だか寂しそうな表情が、今も記憶に残っています。最後に会ったのは私だったのに、何も気付けませんでした。あの時気付いていたら……と、何度も何度も自分を責めました」

父親の遺書には、「子ども達へ 自分の分まで強く生きてほしい」と書いてあった。