専門学校に通ったが、まんじゅう作りはギブアップ

家業を継ぐにあたり、正博さんは専門学校に通い、国家資格「製菓衛生師」の資格を得た。包餡ほうあん(あんこを包む技術)も学んだが、現場ではまったく通用しなかった。「ベテランの女房が向かいに立って、じっと見ているんです。向こうは作りながらもチェックする余裕があるので、何かと指摘してくるんです」

学校では丸めたあんこを包むだけだが、勝月堂ではヘラで餡をのせながら包むため、難易度が高い。あんこや蜜作りは小学生の頃から父を手伝っていたので問題なかったが、まんじゅう作りは一筋縄ではいかなかった。「そうじゃないのよ、こうするのよ」と妻・美樹さんから容赦なく責め立てられ、ついには夫婦喧嘩に。「俺はもう、まんじゅうは作らない」とギブアップした。

結局、まんじゅう作りは妻・美樹さんが担当し、正博さんはあんこと蜜、財務や経理など店のバックヤードを支える役割を担うことになった。

皮で餡を包む
筆者撮影
勝月堂のまんじゅうは、創業以来「手作り」にこだわっている

リニューアル直後に向かいのホテルが火事、頭が真っ白に

細々と営業を続けていた勝月堂の売り上げは、個人旅行の増加を追い風に、徐々に伸びていった。だが、2011年の東日本大震災で温泉街から人が消え、翌月の売り上げは前年の約4分の1に落ち込んだ。

「日本中が自粛したら共倒れになる。経済が止まってしまう」と正博さんは考え、店は一日も休まずに開け続けた。

2013年には古びた店舗をリニューアルした。創業100周年の記念事業として進めていたものの、東日本大震災の発生で計画は一時中断し、ようやく実現できた改装だった。しかしその直後、道路向かいのホテルが火災を起こすという思いがけない災難に見舞われた。

石段街を挟んだ向かいの10階建てのホテルから火が上がり、竜のような炎がみるみる建物を包み込んでいった。

万事休す――。

「ドーンという爆発音とともに窓ガラスが割れ、火の手が勝月堂へ迫ってきました。せっかくお金をかけてリニューアルしたのに、終わった……。『もうダメだ』と、頭が真っ白になりました」

スタッフと薬師堂に避難し、祈るような気持ちで炎を見つめ続けた。幸いなことに、勝月堂側からの消火活動のおかげで延焼は免れ、建物は奇跡的に助かった。

「風が吹いていたらアウトだったんです。ギリギリのところで火が食い止められたので、なんとか守れました」