母が亡くなると子の主張がぶつかりがち

遺言をつくるうえで頭を悩ませるのが「分け方をどうするか」という問題です。法定相続分の割合でいけば、配偶者と子が相続人の場合は、配偶者50:子50(子が複数いる場合は子側の50を均等に分ける)です。相続財産が現金と換金しやすいものだけであれば、それほど苦労はしないでしょう。ですが、先述のとおり不動産や非公開株式などが含まれていると、誰に・何を・どれだけ引き継がせるかという難問に突き当たります。

例えば、自分(夫)が亡くなったあとも住み慣れた家で暮らせるようにと、妻に自宅を相続させるとします。法定相続分どおりに分けるなら、妻の取り分は遺産の半分。ところが自宅の評価額が大きいと、その枠の大半が自宅で埋まってしまい、妻が受け取れる現金はわずかになります。住む家はあっても、暮らしていくお金が乏しくなります。全員独立して遠方に住んでいる子のうちの誰かが自宅を引き継ぐ場合などは、さらに複雑です。実家を継ぐとなれば転勤や転居を迫られる場合もあり、誰が引き継ぐかを決めること自体が難しくなります。

【図表】約9割の人が遺言をのこしていない! 遺言の有無
出所:税理士法人レガシィ「2023年度版最新相続事例分析」

そこで多くの方が至るのは「とりあえず妻(配偶者)に全財産」を相続させるという選択肢です。妻は子たちからすれば「お母さん」ですし、夫からすると一緒に子を育ててくれた恩もあり、自分と一緒に長年かけて財産を築いてきた過程を見ているので、納得感があります。また、配偶者が取得した財産が1億6000万円または法定相続分相当額のいずれか多い額までは相続税がかかりません。税制上も非常に有利なので「落としどころ」にしやすいのです。

しかし、夫婦の年齢差が小さければ、数年から十数年後には妻も亡くなります。このときに起きる相続を「二次相続」といいます。二次相続で子が分けるのは、妻がもともと持っていた財産だけではありません。一次相続で夫から妻へ渡った財産も合わさり、妻が亡くなった時点の財産すべてがまとめて分割の対象になります。結果として、一次相続で子に分けなかった財産まで含めて、兄弟姉妹(子同士)が分けることになります。分けにくさを先送りしたぶん、二次相続では、より多くの財産を巡って兄弟姉妹が正面から向き合うことになるのです。

一次相続時の「とりあえず妻に」という決断は、問題の先送りにすぎないという側面もあります。せっかく遺言を作成するのであれば、二次相続まで見据えて相続計画を立てるほうがよいのです。税金の面でも、一次相続で納める税を抑えるよりも、一次・二次を通した税の総額を抑えるほうが、全体としては負担する税額が低くなることもあります。

二次相続のほうが揉めやすいのには、はっきりした理由があります。一次相続では、多くの場合、生存配偶者が妻になることが多いようです。女性のほうが長寿であるうえに、男性のほうが年上の夫婦が多いからでしょう。そのため一次相続は「母に財産を残す」ことが主眼で、子同士が取り分を奪い合う場面になりにくいのです。子たちも、母には見苦しい争いを見せたくないと考えます。多少の不満があっても、母がいる間は口に出さず、抑え込みます。

映画『ゴッドファーザー』でも、主人公のマイケルは、兄・フレドに手を下すと決めながら、母親が生きている間は実行しません。母が亡くなるのを待って、初めて事に及びます。どれほどの確執があっても、母の存命中は一線を越えられなかったのです。

一般家庭の相続でも同じ力学が働きます。母が亡くなると、兄弟姉妹は親の子ではなく、相続人同士として向き合います。間に立っていた親は、もういません。それぞれが自分の家庭を背負い、対等な当事者として取り分を主張します。兄弟姉妹の後ろには、それぞれの配偶者や子の暮らしもかかっています。配偶者が「ウチはもっと受け取れるはずだ」と口を出し、兄弟姉妹の間に割って入ることも少なくありません。一次相続で抑えられていた対立が二次相続で噴き出すのは、兄弟姉妹の関係そのものが変わるからです。

兄弟姉妹だけで遺産を分ける状況になると、生前の事情まで考慮して取り分を主張するようになります。「兄さんは家を建てるとき、親に頭金を出してもらった」「何年も親の介護をしてきた」。かつては忠義心で済んでいた援助や苦労が、相続の場では金額に換算されて持ち出されます。

法律にも、生前の事情を考慮する仕組みがあります。「特別受益」は相続人が生前に受けた贈与を遺産の前渡しとみなし、取り分から差し引いて調整するもの(民法903条)。「寄与分」は、親の財産の維持や増加に特別な貢献をした相続人の取り分を増やすものです(民法904条の2)。どちらも法定相続分による遺産分割を補い、相続人の間の公平をはかる仕組みです。なお、相続開始から10年を過ぎると、原則としてこれらの主張はできなくなり、法定相続分で分けることになります(2023年4月施行)。

(構成=渡辺一朗)