強い組織をつくるリーダーは、部下にどんな言葉をかけ、どう信頼関係を築いているのか。J1で最多の優勝を成し遂げた現・鹿島アントラーズの鬼木達監督は「選手に嘘をつかない、格好いい言葉を使わない、監督らしさにこだわらない」ことを大切にしている。その哲学の根底には、30年前にもらった言葉があるという――。(後編/全2回)

“格好いい言葉”は選手に刺さらない

マネジメントはしない――。

日本で最も勝っているプロサッカー監督はそう言った。チームに鉄の規律を浸透させる鬼軍曹は、そこにはなかった。私の目の前にいるのは、「個人がいかに輝くか」「サッカーを楽しめているか」を最優先にするという、穏やかな表情の指揮官であった。

事前に抱いていたイメージが覆され、私は少々面食らっていたが、考えてみれば確かに鬼木達とおるが率いるチームでは一人ひとりの輪郭がはっきりと見える。点取り屋はシュートを放ち、ドリブラーはボールを運び、パサーは球を自在に散らしている。そういう意味で鬼木の言葉はグラウンドの上で実証されている。

ただ個の成立と同時に、組織としての規律や戦いへの熱量を保っていられるのはなぜなのだろうか。

――自分らしく、楽しくやってくれ。ボスがそう言うだけで組織が一つの目標へ向かっていくのは理想だろう。

だが、そうはいかないからこそ、世の中の監督的な立場の人々は苦労しているのだ。ワールドカップでも世界的に名の知られた監督たちが、尖った個性派たちをチームとして動かすため、あの手この手を尽くしていることが映像や活字メディアを通して伝わってきた。

今の鹿島アントラーズにも、例えば鈴木優磨という個性の際立った選手がいる。昨シーズンに新監督としてやってきた鬼木は、鈴木をはじめとする名門クラブの選手たちにどう接して、どんな言葉をかけて同じ方向へ走れるチームをつくってきたのだろうか。

「当たり前のことですけど、嘘をつかないことが大事だと思っています。面と向かって話していると、選手って監督が嘘を言っているのかどうかわかるんです。自分が選手だった頃もそうでしたから。だから、ありのまま話して、それで受け入れるか受け入れないかは相手しだいじゃないですか。

どこかの本で読んだりして感銘を受ける言葉もあります。その言葉が自分の中で消化されて、本当に自分から出てくるものになれば使いますけど、言葉として格好いいなと思うだけであれば絶対に言わないです。選手にも刺さりませんから。そこはもう自分の言葉で、ありのまま伝えるだけです」

本当に勝ちたいかどうかは見ればわかる

表情は穏やかなままだったが、語気に込められた力感から、それが鬼木にとって大切なポリシーであることがうかがえた。

「彼(鈴木)に対しても普通に、同じように接するだけです。チームの中心でやってきた選手やベテランになると、どうしても周りから何も言われなくなってくる。他の監督はどうかわからないですけど、やっぱり僕はそこを特別扱いするわけではなく、フラットに言うことが大事だと思っています。

ベテランか若手かで話し方の変化は多少あるかもしれないですけど、基本的に若手であろうとプロとしてやっている選手たちに対しては全員にリスペクトがあるので、ベースはもう対等にフラットに話すことです。良いものは良いし、足りないものは足りないと伝える。誰でもできることをやらなかったら、『やらなければダメだ』と言います。

自分は大前提として、相手をリスペクトしないで自分だけリスペクトしてもらおうという虫の良い考えは持っていません。その上で、自分は本心を伝えて、相手がどう感じるかは相手しだいです。

でも、逆に彼はそういう思いに応えて、やる選手ですから。だから試合に使う。最後、うまくいかないときに何ができるかといったら一生懸命に走ってボールを追うとか、そういう部分になってくる。

本気で走っている選手か、そうではない選手か、本当に勝ちたいかどうかは見れば分かります。そうやって見ると、(鈴木は)勝ちたいところのエネルギーとパッションをしっかり持っている選手なので」

鈴木は昨シーズン途中、川崎フロンターレ戦に逆転負けした試合後、自らが追加点を奪えなかったことへの悔しさを口にし、それからこう続けた。

――失点してからのチームのやり方は、オニさんが来てから最も何の成長もない20分間だったと思います。

「オニさん」とは当然ながら鬼木のことである。プレーヤーが指揮官の名前を出して、チームについて指摘する場面は、とりわけ日本のスポーツ界ではそれほど多く見られるわけではない。この一件も、外部から見ているだけであれば、鬼木と鈴木との間に何かぎくしゃくしたものがあるのではないだろうかと思えなくもない。

だが、その数カ月後に9年ぶりのリーグ優勝を決めた試合後には、優勝監督インタビューに答える鬼木のところへ真っ先に鈴木が駆け寄り、インタビュー中の指揮官に歓喜のウォーターシャワーを浴びせた。一瞬だけフレームインした鈴木も、びしょ濡れになった鬼木も幸せそうに笑っていた。

嘘を言わない。本当に思っていることを伝える。

そのごく当たり前で、ある意味、人間にとって最も難しいことを積み重ねた結果、監督と選手、起用する側される側という一線を越えた骨太の関係が生まれたということなのかもしれない。

「かっこいいだけの言葉は使わない」という鬼木監督。
撮影=齋藤葵
「かっこいいだけの言葉は使わない」という鬼木監督。