社員は誰しもが「居場所」を求めている
人間には根源的に、自分が安心して身を置ける人間関係を求める欲求があります。心理学では「自分が現在属する集団に受け入れられている」と感じる心理状態を、ビロンギング(Belonging)と呼びます。
米国の心理学者ロイ・バウマイスターとマーク・レアリーは1995年の論文(※)で、それまでに蓄積されてきたさまざまな心理学研究を検討し、人間には他者との関係を形成し、維持しようとする基本的な欲求があると論じました。人は単に誰かと関わりたいのではなく、互いに好意的な交流を繰り返し、安定した関係を築こうとします。実際、人は他者との関係をつくりやすく、いったんできたつながりを失うことには強い抵抗を示します。こうした研究結果を総合し、2人は「所属欲求」を人間の基本的で広範な動機の一つとして位置づけたのです。
※Roy F. Baumeister and Mark R. Leary, “The Need to Belong: Desire for Interpersonal Attachments as a FundamentalHuman Motivation,” Psychological Bulletin, 1995
私たちは家族、学校、友人関係など、さまざまな人間関係の中でビロンギングを感じています。ビジネスパーソンにとっては、職場も重要なコミュニティの一つでしょう。ただし、組織に所属しているだけでビロンギングを感じられるわけではありません。一員として扱われていても、周囲との間に心理的なつながりを感じられなければ、自分の居場所を実感することはできません。在籍していることと、自分の居場所があると感じることは同じではないのです。
社員の職場への思いを表す言葉には「帰属意識」や「エンゲージメント」などがあります。帰属意識には「自分はこの会社の一員だ」という思いがありますが、それが自分らしく振る舞えることを意味するわけではありません。エンゲージメントは組織に積極的に関わり貢献しようとする状態ですが、ビロンギングに含まれる「無条件にここにいてよい」という安心感とは異なります。
それは人間関係が良好で居心地がよいというだけではありません。自分の個性や強みを発揮でき、それを組織も価値として認めてくれているという安心感です。会社に自分を合わせるのではなく、自分らしさが組織の目指す方向と重なり合っている。そこにビロンギングがあるのではないでしょうか。自分が受け入れられていると感じられれば、人は周囲に憚ることなく意見を言い、協力し、仕事に主体的に関わることができます。ビロンギングは、個人と組織の双方にとって重要な基盤なのです。
かつて日本では、会社に所属することは仕事の機会を得る以上の意味を持っていました。私はこれを、ビロンギングに近い「オラが村」型の所属だったと考えています。終身雇用や年功序列、社宅や社員旅行などを通じ、会社は人間関係や生活まで含めた共同体となっていたのです。
しかし、盤石に思えたこの共同体は、1980年代後半から90年代初頭にかけてのバブルの発生と崩壊で変貌しました。成果主義が導入され、MBO(目標管理)やジョブ型雇用など、人事制度も変化していきました。従来の企業文化と新しい人事制度との間にはずれが生じ、職場でビロンギングを感じにくい状態が生まれていったのです。
さらにコロナ禍でリモートワークが普及し、職場で空間を共有する機会も減りました。全人格で属していたはずの職場とのつながりは、ますます希薄になりました。多くの職場で見られる一体感の欠如や、仕事に対する熱量の低下、働く意味の喪失も、こうした変化と無関係ではないでしょう。
では、そうした課題は昔の濃密な共同体のスタイルに戻せば、解決するのでしょうか。私はそうは思いません。なぜなら、かつての一体感は、同質性を前提としていたからです。共同体の一員となるには、同じ価値観を共有し、同じように働くことが求められました。一方、そこから外れる人は疎外感に苛まれていたはずです。排除されることを恐れ、負担を感じていた部分もあったでしょう。
ここから先は有料会員限定です。
登録すると今すぐ全文と関連記事が読めます。
- 広告最小化で快適な閲覧
- 雑誌『プレジデント』が最新号から読み放題
- ビジネスに役立つ学びの動画が見放題
- 会員限定オンラインイベント
検索時にプレジデントオンラインに関連する記事が表示されます



