夕方に決めたことを、翌朝に悔やむ。そんな経験はないだろうか。同じ人間でも、時間帯によっては「判断の切れ味」が変わる。後悔しないで済むコツを「行動意志決定論」で考える――。

時刻や疲労だけでは「決断疲れ」は語れない

大切な判断を疲れた頭で下してしまい、後になって悔やんだ経験のある方は少なくないと思います。夕方に決めた案件が翌朝に見直すとどうも筋が悪い。同じ人間が同じ材料で考えているのに、朝と夕方とでは判断の切れ味が変わってきます。なぜこのようなことが起きるのか、「行動意思決定論」の観点から解き明かしたいと思います。

最近、「決断疲れ」という言葉を見聞きします。判断を重ねて頭が疲れ、決定の質が落ちていくという意味で使われています。話題のきっかけになった研究がいくつかあります。

たとえば、心理学者シャイ・ダンジガーらがイスラエルの仮釈放審査を調べた研究。裁判官は1日に何十件もの申請を処理しますが、判断の結果を時間帯ごとに並べると、朝いちばんや食事休憩の直後に仮釈放が認められやすく、時間がたつほど認められにくくなり、次の休憩の後でまた戻る、という“波”が見えたというものです。あるいは、心理学者ロイ・F・バウマイスターらが唱えた「自我消耗」という考え方。意思の力は筋力のように使えば疲労する資源であり、「決定や我慢を繰り返した後には次の判断がおろそかになりやすい」と説明するものです。

ですが、私自身は「決断疲れ」という説明を、そのまま信用はしていません。時刻や疲労だけで意思決定を語る見方には無理があると思っています。仮釈放の研究についても、疲労が原因と断定できるかどうかには異論があります。また、土台とされる「自我消耗」は、大規模な追試などで効果が確認されず、意思の力が資源のように減っていくという説明の確かさに疑問が投げかけられています。もちろん、疲れた頭で大事な判断をしてよいわけではありません。ただ、人の判断を左右しているのは「何時に決めるか」ではなく、そこに至るまでに頭をどう使ってきたかです。

定時まであと1時間の午後4時に、その日いちばん大事な仕事に取り掛かるとします。朝から会議やメールや相談など、複数の業務をこなしてきました。このとき、適度に休憩を挟んでリラックスできている人と、緊張の連続で走り通してきた人とでは、決め方がまるで変わります。

言うまでもなく、よい判断ができる可能性が高いのは前者で、後者では見落としや誤った判断が起こりがちです。つまり、時刻が人を誤らせるのではなく、そこまでの頭の使い方と、その結果として頭がどんな状態にあるかが重要なのです。

判断の質が落ちるとき、頭の中で起きていることの一つが「決め方」の変化です。私たちが物事を判断するとき、頭の働かせ方をいくつも使い分けています。買い物を例にとると、値段や品質や使い勝手を一つ一つ比べて選ぶこともあれば、値段だけを見てさっと選ぶこともあります。どの要素をどこまで検討して結論に至るかの道筋を、専門用語では「決定方略」と呼びます。脳の資源に余裕があるうちは手間のかかる比べ方ができますが、疲れたり考える材料が多すぎると、無意識に簡単な判断方法を選びがちになるのです。

私が実施した「家電選びの実験(※)」では、次のような設定で人の判断方法を調べました。被験者に家電製品を選んでもらい、価格や性能などの情報を見ながら、頭に浮かんだことを逐一声に出してもらいました。その際、4商品・4項目と、10商品・10項目の2通りとして、決め方がどう変わるかを調べました。4商品・4項目では多くの被験者が値段や性能やデザインを一通り見比べ、全体を考え合わせて選んでいました。ところが、10商品・10項目では多くの被験者がすべてに目を通すのをやめ、値段など一部の項目だけで判断するようになりました。

※Takemura, K. (1993). Protocol Analysis of Multistage Decision Strategies, Perceptual and Motor Skills 77(2):p 459-469,October 1993. | DOI: 10.2466/pms.1993.77.2.459

人は扱う情報が増えて頭がいっぱいになると、手間のかかる見比べ方を手放して、より負担の軽い決め方へ乗り換える傾向があります。これを心理学では「情報過負荷」と呼んでいます。夕方の判断が危ういのは、このためだと考えられます。朝から会議やメール、相談をこなすうちに判断材料は積み上がり、頭の余裕は減っていきます。その状態で大事な案件に向き合えば、手間のかかる見比べを手放し、目立つ一点で決めてしまいやすい。翌朝、余裕のある頭で見直すと、前日には目に入らなかった要素が見えてきます。夕方の決断が翌朝になって「筋が悪い」と感じられる正体は、これです。

(構成=渡辺一朗 イラストレーション=村田篤司)

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