稼ぎは増やせるが時間は増やせない
【佐藤智恵(以下、佐藤)】「世界幸福度報告書2026」(World Happiness Report2026)の国別の幸福度ランキングで日本は147カ国中61位で、主要7カ国(G7)では最下位となりました。経済的には恵まれている国であるにもかかわらず、国民の幸福度が上がらない要因をどのように分析しますか。
【アシュリー・ウィランズ(以下、ウィランズ)】多くの調査から明らかになっているのは、「お金よりも時間を大切にすると幸福感が増す」という事実です。これは稼いでいるお金の額、学歴、家族構成にかかわらず、あらゆる人にあてはまります。つまり、日常生活を送るのに支障がないほどのお金は十分あっても、「お金を稼ぐためだけに長時間働く」といった日々を過ごしていると、幸福感は増大しないのです。
ハーバードビジネススクール准教授。専門は行動科学および社会心理学。主な研究テーマは、「時間」と「お金」と「幸福」の関係性。同校のMBAプログラムにて、モチベーションや報酬についての様々な科目を教えている。主な著書に『TIME SMART お金と時間の科学』(東洋経済新報社)。
【佐藤】にもかかわらず、なぜ私たち日本人は長時間、働き続けてしまうのでしょうか。
【ウィランズ】それは無意識のうちに、時間よりもお金を優先しているからでしょう。私が著書で何度も「お金よりも時間を優先してください」と提言しているのは、お金と同様に時間も限りあるリソースであることを知ってほしいからです。さらにお金は働けば増やすことができますが、人間には寿命があるため、人生の時間はどれだけ努力しても増やすことができません。
では、なぜ私たちは時間よりもお金を優先するような行動をとってしまうのでしょうか。その背景には、時間とお金の「可視性」(目に見えるか)と「有形性」(物理的に触れられる実態があるか)の違いがあります。
お金は実際に触ったり、目で見てどれだけ数字や量が増えたかを確認したりすることができますが、時間は物理的にどれだけ増えたか、貯まったかを確認することができません。そのため、人間は無意識のうちに、時間を犠牲にしてお金を増やすことに注力してしまうのです。
長時間労働の背景には、もう1つ、組織の「現状維持バイアス」(変化に伴うリスクや不安を避け、現状の維持を優先する心理的な傾向)の影響もあります。「残業をやめたい」「通勤する日をもう少し減らして、自宅からオンラインで仕事をしたい」と思っても、長時間労働や出社主義が慣習化していれば、それに従うのが当たり前となってしまうのです。
【佐藤】「少しでも安い商品を探して、何時間も検索してしまう」「10%引の商品を買うために1時間もスーパーマーケットに並ぶ」――「時間」よりも「お金」を重視してしまう行動は日常生活にもよく見られます。なぜ私たちはこのような非合理的な行動をとってしまうのでしょうか。
【ウィランズ】アメリカでも同様の光景がよく見られますよ。1ガロンあたり10セント安いガソリンを求めて1時間並ぶとか、30セント安い商品を見つけるために2時間検索するとか、飛行機代を100ドル節約するためにわざわざ経由便を選び、乗り換えのために余分に4時間もかけるとか。確かにどう見ても、合理的ではないですよね。
では、なぜこのような行動をとってしまうのか。先ほど述べたお金の「可視性」「有形性」に加えて、その要因としてよく挙げられるのが心理的バイアスです。中でも大きな影響を及ぼしているのが、「損失回避バイアス」と「現在志向バイアス」です。
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