「相手はコンピュータ」になぜ失望するのか
他者とのコミュニケーションに生成AIの手を借りることは、珍しいことではなくなりました。メールやチャットの文章を整えたり、敬語が適切かどうかを確かめたり、締め切り間際で粗くなった言い回しを穏やかにしたり。事実だけを入力して「もう少し丁寧にして」と頼むこともできます。私の周囲にも、そのようにAIを使う人がたくさんいます。
そもそも言葉のやり取りに技術が介在すること自体は、生成AIが一般化する前から普通に行われていました。ひらがなを漢字に変える変換も、前後の文脈を見ながら候補を選んでいます。スマートフォンが次の単語を予測してくれるのも同じです。海外への返信を機械翻訳で下書きし、少し手直しして送ることも当たり前になっています。私たちは以前から、さまざまな手助けを受けながら言葉を交わしてきたのです。
ただ、生成AIに搭載されている大規模言語モデルには、これまでとは違う広がりがあります。文章だけでなく、画像や音声も扱い、特定の用途に限らず、さまざまな場面で人のコミュニケーションを手助けできるようになりました。便利な道具だったテクノロジーが、人と人とのやり取りそのものに入り込むようになっています。ただし、人と人とのやり取りにAIが入り込むと、少しおかしなことが起きることもあります。
AIには、人間が共感的な反応を示すときの大量のデータが蓄積されています。「こういうときにはこう応じるとよい」というパターンを学んでいるため、気遣いに満ちた文章を作成することができます。ところが、「AIが書いたものだ」とわかった途端に、受け手はガッカリしてしまうのです。文章の中身は一字も変わっていないのに、印象が逆転するということです。
この現象は、すでに学術研究で確かめられています。イスラエルのエルサレム・ヘブライ大学のペリー教授らのチームが2025年に発表した研究では、こんな実験が行われました。6282人が参加した実験で、AIが作った共感的な返答を、あるときは「人間が書いた」、あるときは「AIが書いた」と示しました。文章は同じですが、「人間が書いた」とされた返答のほうが、より共感的で支えになると評価され、ポジティブな感情も強く引き起こしたのです。
興味深いのは、実験の指示とは関係なく、参加者が自分から「この返答にはAIが関わっているのではないか」と疑った場合にも、評価が下がったことです。実際にAIを使ったかどうかとは別に、AIの関与を感じ取っただけで受け取り方が変わるということです。しかも、事務的な情報伝達よりも、感情の共有や相手への気遣いを含む返答で、その差が強く表れました。
生成AIが登場する以前から、人間と機械の関わりについては研究が重ねられてきました。人間は相手を人間だと認識するかどうかによって、コミュニケーションの受け取り方を変えることがあります。相手が人間か機械かどうかによって、評価自体が変わる点については、さまざまな研究が行われてきました。
認知科学者の山本吉伸氏や安西祐一郎氏らが1993年に発表した研究では、コンピュータのネットワークを介した2人用のしりとりが使われました。参加者には、あるときは「相手は人間です」、あるときは「相手はコンピュータです」と伝えます。実際の相手が同じでも、伝え方だけを変えたわけです。
すると、人間が相手だと伝えられた参加者のほうが、しりとりを楽しいと感じ、制限時間いっぱいまで続ける傾向が見られました。
機械はデータとして多くの言葉を蓄積していますから、しりとりを延々と続けられます。そして、挙動が制御されているので、うっかり「ん」で終わる語を言ってしまうこともありません。勝負が見えてしまうので、相手が機械だとわかった途端に気持ちが冷めてしまうのでしょう。人間と言葉を交わしているという認識そのものが、しりとりを続ける動機になっていたのです。
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