「同意なき転勤」を廃止従来よりも高い手当に
大手生命保険の第一生命が、2027年度から社員(内勤職)約1万5000人を対象に「本人の同意なき転勤」を廃止すると発表しました。社員自身が「基準勤務エリア(中長期的にキャリアを形成したいエリア)」「転勤可能エリア(転居あり転勤範囲)」を選択でき、「転勤しない」という意思表示も可能に。転勤を受け入れた社員には月額最大16万円を支給する見込みです。
これまで一般的に5万円程度とされてきた赴任手当と比べれば大きな増額で、「会社が命じ、社員はそれを受け入れる」というひと昔前の通念からすれば画期的かもしれません。
歴史をひもとけば「転勤」という言葉は、近代的な会社制度が整備されていく明治期から見られるようになりました。当時、会社が海外や地方に拠点を作った際に、トップの判断で拠点の運営が担える人材を転勤させていたのです。ただし、転勤者の多くは将来、会社の経営を背負って立つような、有能な人材に限られていました。
一般の社員にまで転勤が命じられるようになったのは、戦後の高度経済成長期です。多くの企業が各地に支社や営業所を設け、事業拠点を拡大する時代でした。新しい拠点を早く軌道に乗せるには、本社の方針や仕事のノウハウを理解した社員を各地に送り込む必要がありました。また、企業は労働力不足を背景に長期雇用を前提として人材を確保し、社内で育成する必要もありました。その手段として活用されたのが、配置転換や転居を伴う転勤だったのです。
転勤には一定のコストがかかりますが、それを上回るメリットがありました。社員は地域のニーズや商慣習を理解し、社内外に人脈をつくり、様々な現場経験を積むことができました。転勤による人材育成の効果は大きく、将来の幹部候補を見極める手段としても適していたのです。
ただし、転勤に際して社員の意向が聞かれることは、ほとんどありませんでした。本人は「転勤はサラリーマンの宿命さ」と受け入れても、配偶者や子どもはどうだったでしょうか。結婚を機に女性が「寿退社」をしていた時代はともかく、配偶者は仕事を辞めざるをえなかったり、地域で築いた人間関係が断絶したりします。子どもは転校を余儀なくされるなど、家族の負担は甚大でした。
会社が社員や家族の都合を顧みず、一方的に転居させることに正当性はあるのか││。この疑問に法的な答えを出したのが、1986年の「東亜ペイント事件」でした。転勤命令を拒否した社員の解雇をめぐって争われた裁判で、最高裁は「合理的な根拠がある転勤命令であれば有効」と判断したのです。この判決は日本企業の転勤慣行を正当化する根拠となり、「正社員である以上、会社の人事異動の命令に従わなければならない。拒否する場合は退職も覚悟する」という「常識」を形成するきっかけとなりました。
企業の側も、社員に負担だけを強いていたわけではありません。高度経済成長期には、全国各地に社宅を整備するなど福利厚生を充実させ、社員とその家族の生活を支える仕組みを築きました。
ところが90年代にバブル崩壊の後始末として、企業は不動産などの保有資産を次々と売却しました。社宅が家賃補助に置き換えられるなど福利厚生が縮小されていきました。にもかかわらず「社員は転勤命令には有無を言わず従うもの」という慣例はなかなか変わりませんでした。「失われた30年」の転勤は、ただ社員とその家族に負担を強いる一方的なものになっていったのです。
そんな風潮に変化を及ぼしたのが、2020年のコロナ禍でした。在宅勤務が広がり、企業も社員も場所に縛られずに働く可能性を知ったのです。また少子化が深刻化し、ワークライフバランスについて考える人が増え、転勤に対する考え方にも変化が生まれました。
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