皇族数の確保に向け、旧宮家の男系男子を養子として皇族に迎える改正皇室典範が成立した。成立に尽力した麻生太郎副総裁に対し、「麻生家が天皇の外戚となり、令和の藤原氏になる」との批判が広がっている。皇室ライターの中原鼎さんは「養子となる男性に麻生家の血は流れておらず、この批判は成り立たない。こうした言説こそ養子案への不信を広げ、本来、静謐であるべき皇室議論の環境を壊した」という――。
自民党の麻生副総裁 国会・資料
写真=共同通信社
自身の派閥(志公会)の例会を終えた自民党の麻生太郎副総裁=2026年2月19日、東京都千代田区

85歳の麻生氏が尽くした「最後のご奉公」

7月17日、ついに皇族数確保のための改正皇室典範が成立した。いわゆる「旧宮家」の皇籍復帰を願い続けてきた筆者にとっては、まことに喜ばしい歴史的慶事である。

改正までの道のりは平易なものではなかった。なにしろ「立法府の総意」を目指すはずが、直前まで日本維新の会が「15歳という年齢制限」に強く反対しており、与党の足並みすら乱れていたのだから。

そんな状況を変えた立役者の一人は、自民党の麻生太郎副総裁であった。自民党の責任者を務めてきた麻生氏らが「強く伏してのお願い」をして、頑なな維新を説き伏せたのである。

麻生氏といえば、所信表明演説の中で「かしこくも御名御璽をいただき」と御名御璽に触れた戦後唯一の首相であった。「臣茂」と称したエピソードでも知られる祖父・吉田茂元首相の薫陶を受けて、皇室への思いは並々ならぬものがあるのだろう。

麻生氏は現在、現職国会議員として最高齢の85歳だ。いつ政界引退しても不思議ではない年齢での尽力は、いわば「最後のご奉公」として皇室の課題に取り組んでいるかのように感じられた。心より謝意を表したい。

突如向けられた「外戚」批判

さて、本稿を麻生氏への感謝から始めたのには理由がある。彼への批判が異様に勢いづく中なればこそ、そんな声ばかりではないことを示したかったのだ。

麻生氏は令和5(2023)年に「安定的な皇位継承の確保に関する懇談会」座長を副総裁として引き受け、議長公邸での全体会議にも欠かさず出席するなど、自民党内でも目立つ存在だった。

それゆえに、かねてから熱心な「愛子天皇」論者にはかなり憎まれてきたのだが、憂慮すべきことに彼への憎悪は、ここ数カ月の間に過激化の一途を辿っている。

麻生氏といえば、三笠宮家の故寛仁親王に嫁がれた信子妃殿下の兄としても知られる。だからこそ今、次のようなアジテーションがSNSを中心に盛んに飛び交っているのである。

「養子を迎え入れた三笠宮家が天皇を輩出した暁には、その『外戚』として君臨したいという野望を持っている」

唯一の派閥の長としてすでに自民党内で絶大な権勢を振るっている麻生氏が、さらなる栄華のために政権与党を動かしている――といった政治的ナラティブが共有されつつあるのだ。

皇位継承論争に起因するネガティブキャンペーンに秋篠宮家が苦しめられ続けていることを思うと、野放しにしては皇室の未来に禍根を残しかねない。「安定的な皇位継承」実現という本来の目的のためには、今のうちに芽を摘んでおかねばなるまい。