そしてこの時に道真の息子たちも、さらには斉世親王までもが連座させられているのだ。三笠宮家との親戚関係をことさらに取り上げて麻生氏を排撃しようとする、今の世相に通ずるものがあるとは思わないだろうか。
現代の政治家に「令和の藤原氏」というレッテルを貼るとすれば、それにふさわしい者はむしろ野田氏のほうであろう。筆者からみれば、天皇に代わって主権者となっている国民の耳に、外戚云々と吹き込む彼こそが「令和の藤原時平」なのである。
皇位継承を語る「静謐な環境」は壊された
筆者は比較的最近まで、一般国民やマスメディアの喧騒をよそに「静謐な環境」を保とうと努めてきた――と国会議員たちにおおむね好意的であった。
しかし、養子の子孫が皇位継承資格を有するという当然の結論について「だまし討ち」などと立憲民主党らが騒ぎ出してからというもの、もはや永田町にもろくに期待できなくなってしまった。
だが考えてみれば、それ以前から野党政治家の代表格までもが「令和の藤原氏」という印象操作に走るありさまだったのだから、評価が甘かったというべきなのかもしれない。
あくまでも皇族数確保のためとされた議論でもこうなのだから、いずれ「安定的な皇位継承」実現のための議論を行うならば、間違いなく今回以上に紛糾することであろう。
政府の有識者会議が「皇位の継承について具体的に議論するには現状は機が熟しておらず、かえって皇位継承を不安定化させるとも考えられます」と述べているのは、まことに正しかった。はたして、機が熟すことなど本当にあるのだろうか。


