「甘く言って53点」
自民党の立て直しを使命として首相の座に就いた石破茂だったが、約1年間の在任中、衆参で過半数を失い、野党に譲歩を重ねる苦しい政権運営を強いられた。最後は党内の「石破降ろし」の圧力が強まる中、退陣を表明した。
党内の抵抗にも阻まれ、思うように実現できなかった政策や発言も少なくない。それでも石破は、首相時代を振り返って「やれることはやった」と一定の手応えを口にする。
ならば、退陣後は発言を控え、総理経験者として党の重鎮席に収まる道もあるはずだ。ところが石破は、あえて高市政権への苦言を呈し続けている。それはなぜなのか。首相として何を成し遂げ、何をやり残したと考えているのか。
首相としての1年間をどう評価しているのか。自己採点を求めると、石破は即座に答えた。
「甘く言って53点」
何とも微妙な点数だった。石破茂インタビュー後編は、1年間の首相在任をどう振り返るか、率直な気持ちを問うところから始めた。
少数与党でも「予算は年度内に通した」
――首相を務めた約1年間を、いま率直にどう振り返りますか。メディアでは、高市首相との国会対応の違いが注目されています。
後悔はありません。やれることはやった。内閣にとって条約や予算を通すことが最大の仕事です。今の内閣と比べるつもりもないが、去年の通常国会は一回も審議が止まってないし延長もしていない。野党の協力が必要な環境だったが、予算は年度内に通したからね(編注:2025年度予算は3月31日に成立。衆参両院で修正されて成立した予算は史上初だった)、内閣提出の法案も59本中、58本通したからね。
予算委員会で私が答弁した時間も、相当長かったと思います。高市さんの3倍くらいかな。国会というのは説明する場所なんです。野党の議員たちも国民の代表として国会に来ている。野党に賛成してもらうのが無理でも納得してもらうまで議論するのが国会の仕事だと私は思っています。
政策で、どうしてもやりたかったのは自衛官の処遇改善と防災庁の創設でした。国を守るといっても、自衛官が定数の9割しかいない、新規募集の半分しか来ない、ということで何が安全保障なの。それは随分変えることができました。防災庁の設置にも道筋をつけられた。トランプ関税はどうしても乗り切らなければならなかった問題だけど、これも赤沢さん(編註:亮正、石破内閣の経済再生担当相)をはじめとする多くの人たちの奮闘で一応の決着をみました。
「まだ書いてもいないのに」80年談話に党内右派が反発
あのタイミングで総理になったわけですから、戦後80年の節目で何を問うか、ということ。どのような形であれ残したかった。戦争が大嫌いな家で、二度と起こしてはならないという親の元で育ち、『戦艦武蔵』や『零式戦闘機』を読んできた自分が何を言うべきか、ということはかなり当初からありました。

