殉じるの殉。思考停止してアメリカに殉じるから殉米。主権意識がどんどん希薄になっていると思う。高市さんも同じだ。だいたい、なんで日本の総理が米軍基地に行き、ジョージ・ワシントン(米原子力空母)に行くの。そこでトランプさんとベタベタするなんて国辱ものだと思っています。日本の主権を軽視していると捉えられかねないのですよ。

石破の発言からは、国会運営など実務的な課題については一定の達成感も感じられた一方、「日米関係の見直し」や「歴史認識」をめぐっては「石破らしさ」を思うようには打ち出せなかった悔しさもにじんだ。

では、これは総理になって良かったと思うことは何か。そう尋ねると、「それは天皇陛下のおそばでお話ができたことだね」と意外な答えが返ってきた。

なんの時に何回、というのは申し上げられないのですが、総理の時に何回か、宮内庁からお呼びをいただいて、天皇陛下にお目にかかることがありました。内奏(編註:首相や国務大臣が皇居に赴き、天皇陛下に国内外の諸情勢について報告すること。慣習的に続いている)というのもありました。は数カ月に一回、時間も30分程度と決まっているようですが、時間はいくらでもいいとのことだったので、資料を作って話に伺いました。

図らずも、6月の天皇皇后両陛下のオランダ・ベルギー訪問では首席随員を務めさせていただき、訪問の前後、一緒に食事する機会もいただきました。もちろん内容も言えませんが、天皇陛下のお話を直接聞く機会があったのは、大変ありがたかったね。

自民党の「保守」が「溶けちゃってる」

――天皇観、歴史認識にしても、石破さんと高市さんにはだいぶ距離があるように感じます。

安倍さんの後継者と言っている高市さんも、歴史への反省がないところは同じですね。昭和100年の記念式典(編註:4月29日開催の昭和百年記念式典)を見て、これはひど過ぎると思いました。

昔の、明治100年の式典(編註:1968年10月開催の明治百年記念式典)を調べてみると、この時は佐藤栄作総理が昭和天皇を先導し、昭和天皇のお言葉がありました。今回は高市総理の先導もなかったし、天皇陛下のお言葉もなかった。代わりに高市さんが「強く豊かな日本列島をつくろう」みたいな党大会的な演説をされて終わった。

そこからは、戦争から敗戦、そして戦後の復興という昭和の前半の歴史がすっぽり抜け落ちていました。音楽で昭和を綴るのが難しいのはよくわかりますが、選曲もすべて高度経済期以降の歌謡ショーだった。私が期待していた昭和100年の式典ではなかったですね。「何なんだ、これは」と強烈な違和感を覚えました。あまりにひど過ぎる、絶対に許せないと思いましたね。

自民党の石破茂前首相
撮影=三東サイ
自民党内の変化に強烈な違和感を覚えているという

――高市さんは安倍さんの後継を掲げています。いま、自民党の「保守」をどう見ていますか。

自民党の保守そのものが「保守」と呼べないようなものになっている気がします。自民党議員のどれだけが江藤淳や清水幾太郎を、あるいは三島由紀夫を読んでいるのだろうか、というと、大多数が読んでいないと思うんだよね。だから「保守」というものが、溶解っていうか、「溶けちゃってる」ような気がするんです。保守を論じる人たちは江藤淳、福田恆存、田中美知太郎や清水幾太郎の著作はせめて読んでほしい。

日本の経済が一番良かったのは1994年だと言われています。世界の名目GDPの約18%を日本が占めていました。いまは4%、ピーク時の4分の1以下だ。同様に、1995年の日本のGDPは中国の7.6倍あったのに、いまは中国の5分の1まで落ちている。そういう一種のコンプレックスみたいなものの裏返しで、(自民党の右派政治家は)強い言葉を発したり、勇ましいことを言ったりするのだと思います。