6月23日の沖縄全戦没者追悼式、8月6日の広島、9日の長崎、15日の全国戦没者追悼式、そして9月の国連総会での演説と80年所感。これらは、私のなかでは一連のものなんです。すでに予算は通っていたし、(トランプ関税についても)赤沢さんたちの奮闘で一定の成果は得られていた。それを踏まえて、とにかく8月6日、9日、15日と国連総会の所見は自分の手で書きたかった。

――しかし、特に党内の右派の人たちから「石破は何もやってないじゃないか。その石破に戦後80年の総理談話なんか、絶対に書かせない」、そんな雰囲気でした。

そうね。人に聞いたわけじゃないけど、右派的な考え方の人からすると、そんなことは安倍さんの70年談話で済んでいるじゃないか、あれは完璧なものだ、あれに何かを加えることは許さない、という凄い雰囲気でした。まだ、書いてもいないのにね。

「反省がなくて、なんで教訓が生まれるのか」

――石破さんは「保守とは過去や伝統は大切にしても、間違ったことは反省し、改めることだ」と言ったが、保守ではなく「右派」の人たちの態度を、どう見ていましたか。

安倍さんの亜流である高市さんは30年前、国会で「当時の戦争の当事者とは言えない世代ですから、戦争の反省なんかしておりませんし、反省を求められるいわれもないと思っております」と発言されたそうです。しかし、戦後の憲法は帝国憲法の改正手続きによったものでしたし、国家も連続しています。そうである以上、もちろん自分たちがやったことではないが、反省することが歴史認識の上にあるべきです。

そんな思いで、私は8月15日の全国戦没者追悼式の式辞に「反省」という言葉を入れ、また批判を浴びました(編註:全国戦没者追悼式の首相式辞に「反省」という言葉が入ったのは、2012年以来13年ぶり)。この「反省」という言葉は、安倍さんの頃からなくなりました。反省がなくて、なんで教訓が生まれるのか。

自民党の石破茂前首相
撮影=三東サイ
歴史を直視し、学び、改めるべきを改めるのが本来の保守の態度だという

だから党内では「『反省』を復活させるだと。そんなことは絶対許さん」といった雰囲気がありました。でも、反省のないところに教訓はないのですよ。

私の考え方が安倍的なものと違っていたからでしょう。日米安保の問題でも言った通り、私と安倍さんでは考え方に大きな違いが出ていました。昔は安倍さんも憲法改正で9条2項削除とおっしゃっていたのですが、総理になられてからはとにかくアメリカとの同盟を固く守ればいいのだ、日米関係を変えるなどけしからん、という考えになられていた。そんな安倍さんを支持していた人たちからすると、石破なんぞに談話を上書きさせてはいかん、となるのでしょう。この安倍さんの影響は大きいですよ。

「親米」が「従米」になり、そのうち「殉米」になる

しかしアメリカが日本を利用するだけ利用しようと考えていたのは、ダレスの発言からも明らかだし、それは今も変わっていないと私は思っています。そのアメリカが言うことは何でも聞くなんてやっていると、親米が従米になり、そのうち「ジュン米」になりかねない。

――ジュン米ですか?