山田洋さん(60)は現在、仕事を6つ掛け持ちしている。昨年の年収は180万円台だった。それでも「いまが一番幸せ」と笑う。東大を目指して19浪したものの、浪人中はさほど根を詰めて勉強しなかったという。ところが、いまは仕事の準備で徹夜するほど机に向かっている。山田さんをそこまで夢中にさせる仕事とは何か。9浪の末に早稲田大学に合格した教育ジャーナリストの濱井正吾さんが聞いた――。(後編)

19浪の“遠回り”で見つけた仕事

山田洋さんは現在60歳。19浪の末に九州大学に入学し、卒業後に塾講師になりました。現在は、合計6つの仕事を掛け持ちしています。昨年の年収は180万円台。世間的な尺度だけで見れば、決して恵まれているとは言えないかもしれません。

テキストを持って授業を行う塾講師
写真=iStock.com/mapo
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それでも山田さんは「今が一番幸せ」と屈託なく笑います。

大企業に就職した九州大学時代の友達もたくさんいるそうですが、彼らに嫉妬を感じたことも一切ないそうです。

「私は年収も少ないし、子供もいません。好きに生きてきましたが、世間一般で幸せだとされる生き方を羨ましいと思ったことはないんです。給料が少なくても自分で選んだ人生ですから、後悔はしていません。今が楽しければいいという気持ちです」

最初は「38歳の九大生」のアルバイト

そもそも塾講師をするようになったきっかけは、23年前に遡ります。38歳で九州大学に入学した山田さんは、すぐに塾講師のアルバイトを始めました。入学後まもなく九州最大手の学習塾、英進館に電話をかけ、そのまま採用が決まりました。

「塾講師のアルバイトをすることは決めていて、入学したらすぐにやりたいと思っていました。英進館では当時、学生アルバイトの講師を募集しておらず、新卒以上じゃないと採用をしていなかったんですが、年齢が年齢なので……(笑)。38歳で塾講師のアルバイトを希望する人は、基本的に想定されていなかったと思いますが、よく採用してくださったと思います。英進館は、面白い授業をする先生を評価してくれる風土があったのがよくて、模擬授業をしたところ、即採用が決まりました」

九州大学という肩書に加えて、「人前に立つ力も評価されたのだと思います」と語る山田さん。

「私自身が陽キャなので、中学生の生徒とも友達のように接することができるんです」

魚民やデニーズなど、浪人時代に19年間アルバイトで接客をした経験も、確かに生きていました。