平日に睡眠不足を感じたとき、「週末の寝だめ」と「毎日30分早寝」は、どちらが脳にいいのか。「質の良い睡眠」とそのつくり方を知れば、脳の老化に歯止めをかけられる――。

老廃物の処理だけではない睡眠時の「メンテナンス」

睡眠が短いと認知症を発症しやすくなる――。近年、こういった睡眠と認知症の関係を目にすることも多くなったのではないでしょうか。

睡眠は脳の老化に影響する重要な要素です。近年の研究では、「アルツハイマー病の原因物質のアミロイドβが睡眠中に洗い流される」「睡眠が不足するとアミロイドβが蓄積される」といった報告も多数あります。

たしかにアミロイドβの蓄積は認知症のリスクには関わっています。「思考力の低下」「物覚えの悪さ」といった脳機能の老化においてはアミロイドβの蓄積は認知症と関わりますが、睡眠と脳の関係は老廃物の排出だけではありません。睡眠中には記憶の固定化やシナプス強度の調整など、情報処理系のメンテナンスも進みます。その重要な役割の一つが「情報の整理」です。

私たち人間は、日中に目にしたものや体験した情報を、脳内の神経細胞同士の接合部である「シナプス」に記録します。片側の神経細胞から、もう片方の神経細胞へ信号が多く流れるほど、シナプスは強固になり、より強く記憶できるようになります。

ところが、一個の神経細胞が扱える情報には限りがあります。神経細胞は入ってきた信号を足したり引いたりして計算をしています。情報が多くなると、一つひとつにリソースを取られて演算速度が落ちます。限界を超えてしまうと、思考力や記憶力の低下が起こります。正常に機能させるためには、集めてきた情報を整理する必要があり、それを行うタイミングが睡眠時です。

ざっくり言えば、覚醒、つまり起きている状態とは「情報収集モード」です。そしてノンレム睡眠、いわゆる深い眠りは「情報整理モード」で、集めてきた情報を使える形に整えている状態です。この睡眠時の働きは「シナプス恒常性仮説」と呼ばれる考え方の骨子です。脳は情報を処理する場所で容量にも限りがありますから、メンテナンスとは、つまるところ脳が情報処理のためのリソースを取り戻すために、要らない情報を整理することなのです。

整理の結果として、記憶が固定化されます。そしてどの情報が大事か、重み付けもされて、取り出しやすい状態になる。いったん海馬に置かれた記憶を、使えるように大脳皮質に移す作業も、睡眠中に行われています。

このとき脳の中で何が起きているのかは、脳波を見るとよくわかります。眠りが深くなるほど、脳波はゆっくりとした、振れ幅の大きな波になります。脳波が大きいことは、脳が活発に働いていることを意味するわけではありません。脳波は、頭の表面につけた電極で、無数の神経細胞の電気的な活動の「総和」を見ているものだからです。バラバラのタイミングで動いていれば、波は打ち消し合って小さくなる。逆に足並みが揃えば、大きな足し算になって大きな波になります。

深いノンレム睡眠では、たくさんの神経細胞が一斉に発火し、一斉に止まる、ということを繰り返しています。覚醒しているときは、それぞれが別々の役割を持ってバラバラに動いている。それが情報処理のモードです。一斉に横並びで活動するというのは、明らかに情報処理のやり方ではありません。これこそがメンテナンスモードなのです。必要なシナプスを見極めて重み付けをしているのだろうと考えられています。眠りが足りていない人ほど、この同期は強くなる。脳が「整理しなければ」と急いでいる状態だと考えていただければと思います。

十分に眠れば脳の加齢そのものを止められる、とは言えませんが、慢性的な短時間睡眠や分断された睡眠は中年期以降の認知機能低下や、その後の認知症リスクと関連しています。睡眠は脳を若返らせる魔法ではなく、脳が本来備えているメンテナンス機能を毎晩きちんと働かせるための条件なのです。

(構成=本誌編集部)