認知症の人の言動は、時に家族を困らせる。でも、その世界が見えたとき、向き合うのが驚くほどラクになる。40年以上認知症を診てきた専門医が明かす、11の場面の「本当の意味」とは――。

認知症の人は「本音」で生きている

私は認知症の人が大好きです。なぜなら、素直に、本音のままに生きているから。こちらに何も求めていないようでいて、彼らは救いを求めています。相手に話を聞いてほしいのです。私の外来では「本音が話せるから楽しい」と笑顔を見せる人もたくさんいます。

ただ、そのまっすぐさが、家族には困りごとと映ることもあるでしょう。とりわけ家族を悩ませる言動の一つが、被害妄想です。「財布がなくなった」「おまえが盗ったんだろう」などと泥棒呼ばわりされるのは堪えるものです。

けれども、まったく脈絡のない妄想ではありません。大事なものをどこかにしまった。その後、しまったことを忘れてしまい、手元に何もない状態だけが残る――その空白を埋める言葉が「盗られた」なのです。いわば、自分の物忘れに対する「取りつくろい」であって、悪意があるわけではありません。むしろ、なんとか筋道立てて物事を考えようとしている努力の表れとも言えます。そう考えると、見える景色も少し変わってきます。

もっとも、一朝一夕に理解が進むわけではありません。家族の側の「認知症の人を受け入れる姿勢」は、段階を踏んで変わっていきます。最初はとまどい、否定する。次に混乱し、怒り、拒絶する。やがて割り切り、あきらめ、最後に受容と理解にたどり着く。短い方で半年、長いと数年かかる方もいるようです。ただ、多くの方がいずれその境地に至るということは、覚えておいていただきたいと思います。

認知症によく見られる症状の多くに関わっているのは「不安」です。自分の脳や体が変わってしまい、何が起きているのかわからない。皆さんも、海外旅行で時差ボケになり、初めてのホテルで夜中に目が覚めて「ここはどこ?」と、軽くパニックになったことはないでしょうか。認知症の人は、それが毎日なのです。その不安に寄り添ってあげてほしいと思います。

【図表】認知症の人の言動③、④、⑤

「目の高さ」を合わせて話すことが大切

認知症の人の不安に寄り添うときに大切なことは、相手の行動を否定しないことです。

たとえば、自宅を「知らない場所」と認識し、「家に帰る」と言い張って聞かないようなとき、「もう夜も遅いからダメだよ」などと言って止めようとしても、かえって興奮させることがあります。でも、「少し一緒に歩こうか」「お茶でも飲んで少しゆっくりしようか」などと誘ったあとで「明日、うちへ帰ろうね」となだめると、すっと落ち着いたりするのです。

【図表】認知症の人の言動⑥、⑦、⑧

また、認知症の人とのコミュニケーションでは「言葉以外」の部分に気を配りたいものです。症状が進んでも、相手の表情や声の調子から感情を読み取る力は残っていたりするからです。

まず、正面からゆっくり近づく。背後から声をかけたり、家族で取り囲んだりすると、それだけで身構えさせてしまいます。視線の高さを合わせ、目を見て、短い言葉をはっきり、一つずつ渡していく。用件が正確に伝わることよりも、穏やかな表情と落ち着いた声で「私はあなたの味方ですよ」と届けることのほうが大事です。こうしたコミュニケーションができている家族は、認知症の患者さんでも困った症状は比較的少ないのです。

【図表】認知症の人の言動⑨、⑩、⑪

認知症の治療は大きく変わりつつある

もちろん、きつい暴言などが続く場合は、いくら背景を理解していても心は折れます。そこで我慢比べをする必要はありません。そんなときは、家族にもケアが必要です。英語で「息抜き」を意味する「レスパイトケア」をぜひ取り入れてください。デイサービスやショートステイ、短期入院などを活用して、患者さん本人と家族がいっとき離れる時間をつくるのです。

(構成=本誌編集部 イラストレーション=前田はんきち)