「私の人生に、19浪は全く無駄ではありません」
38歳から塾講師の世界に入った山田さんに、「もし今の経験を引き継いだまま18歳に戻れるとしたら、無理なく入れる大学に入って早くから塾講師のキャリアを積みたいとは思いませんか」と尋ねると、山田さんは即座に否定しました。
「やっぱりいい大学に入りたいと思います。なぜなら、19年間の経験が、塾講師の仕事に直接生きていると思うからです。いろんな人に勉強を教えてもらっていたから、インプットだけは多くなりました。今はそれを仕事でアウトプットしているだけです。全く後悔していません。私の人生にとって、長年の浪人生活は全く無駄ではありませんでした」
山田さんの話を聞いていて思ったのは、現在の彼の仕事を支えているのは九州大学という学歴そのものではなく、19年間の浪人生活だということです。生徒との距離の詰め方も、人前で物怖じせず話せる力も、その間のアルバイトや受験勉強のなかで積み上げてきた経験から生まれたものであると感じました。
もし山田さんが浪人をせず、若いうちに九州大学へ進学していたら、はたして今のような教え方、今のような生徒との向き合い方ができていたでしょうか。一見遠回りに見えた時間こそが、山田さんにとっての本当の学びの期間であり、それが仕事につながったのだと私は感じています。
「塾講師は、私にとって天職です」
塾講師として働くうえでの山田さんのモチベーションは、「人の幸せに貢献できることにある」といいます。
「私の授業を受けたことで英語が好きになってほしい。成績を伸ばしてほしい、というのが一番大きいです。集団塾では、生徒は先生を選べません。このクラスは、違う先生だったらよかったな、と思われたくないから、一生懸命頑張れるんです。そのモチベーションの原点として一番大きいのは、中学2年生の頃に良い英語の先生に出会った体験ですね。小さな寂れた塾でしたが、先生との距離がすごく近かったですし、先生の教える英語の授業もとても面白く、成績がすごく伸びたんです。ちょっとしたきっかけで、人は変わるという以前の自分自身の経験を、生徒にもしてもらいたいんですよね」
最後に、もし生徒から「絶対に東大に入りたい。どうすればいいか」と聞かれたら、山田さんは何と答えるのでしょうか。かつての自分自身と重ねて聞いてみました。
「私のように無謀にも挑戦する生徒がいた場合と解釈すると『その結果生じるさまざまなマイナス面がたくさんあるから、それをすべて受け入れられる覚悟があるなら、自分の人生なんだから自分が望むように生きればいいと思う』と言うと思います。ただ、やはり年を取ると体も言うことをきかなくなりますし、その頃になって路頭に迷うようなら最悪なので、『お金だけは貯めておきなさい』とも付け加えたいですね」
19年という歳月は、「東京大学」という学歴を山田さんにもたらしませんでした。しかし、生徒の前に立つ山田さんという人間そのものを作りました。
「塾講師は、私にとって天職です」
年収180万円台でも、仕事に熱中し、誇りを持って働いている山田さんは、「今が一番幸せです」と笑いました。

