皇族が「政争の具」になってしまった
失礼を承知で申し上げるが、熱心な「女性宮家」推進論者として知られる野田氏の昨今の言動は、「麻生氏への属人的嫌悪感を煽ることで、養子反対の機運を盛り上げたい」がゆえに扇動に走ったとしか思えないのだ。
旧宮家の男系男子を迎える養子案を「麻生家の野望」と結びつける言説は、養子案への不信を広げた。その結果、「愛子天皇」論を勢いづかせることにもなった。
「少なすぎれば結局は皇統が途絶える。多すぎると混乱が起きて、政争の具になる」
野田氏は件の鼎談において、望ましい皇族数についてそう述べているが、筆者はこれを目にした当初、「象徴天皇制のもとで皇族が政争の具になってしまう状況とは、具体的に何を想定しているのか」と疑問を抱かずにいられなかった。
しかし今日、そのような状況が確かにありうることを認めねばならない。言葉を濁さずにいえば、妃殿下の兄であることを以て麻生氏を揶揄してきた野田氏こそが、まさに政争の具にした張本人だと指摘せねばならないのである。
中道改革連合の小川淳也代表は7月3日の会見で、麻生家が藤原氏のようになることを懸念する野田氏の発言について、次のように述べた。
「我々一般国民にせよ皇室の方々にせよ、まかり間違ってもそのような受け止めにならないことを願いたい、祈りたいと思います」
しかし残念ながら、そう受け止める者がいまや相当数になってしまった――。
むしろ野田氏こそ「令和の藤原時平」ではないか
最近では、麻生氏の姪であることが改めて注目された結果、生まれながらの皇族であるにもかかわらず、彬子女王、瑶子女王両殿下への風当たりも強まっている。いまや三笠宮家に関するニュースは、誹謗中傷めいた反応で溢れかえるようになった。
野田氏が繰り返してきた言説は、かねてより男系継承の重要性を訴えてきた三笠宮家そのものを委縮させかねない。想像を逞しくすれば、政界入りが噂される麻生氏の子女を尻込みさせ、麻生一族を福岡県に封じ込めるという結果さえ生むかもしれない。
そう考えると、麻生家を平安貴族に例えるならば、菅原氏のほうが適切なのではないか。脳裏に思い浮かぶのが、かの菅原道真が九州・大宰府に左遷された「昌泰の変」だ。
道真が左遷された背景まではあまり知られていないが、彼は醍醐天皇の弟である斉世親王に娘を嫁がせていた。左大臣・藤原時平がこれを材料とし、「陛下を廃位して斉世親王を即位させ、外戚として権勢を振るおうと謀っている」と天皇に讒言したと伝えられる。

