認知症の発症は、生活習慣の改善によって遅らせられることがわかってきた。最新の疫学研究が明らかにした、早期に手を打つべきリスク因子とは。年代ごとに見落としがちなポイントを、疫学研究の第一人者に聞いた。

40年以上の追跡調査でリスク因子が見えてきた

もし人が200歳まで生きられるようになったとしたら、どうなると思われますか。恐らく、ほぼすべての方が認知症を発症すると思います。

脳の機能は、誰でも年齢とともに少しずつ落ちていきます。それは避けられません。問題は、脳機能の低下が寿命より早く進みきってしまうのか、それとも寿命のほうが先に来るのか、ということだと考えます。脳の老化と寿命が競走をしていて、脳の老化が先にゴールすると、認知症を発症してしまう。私は認知症と老化の関係を、そんなふうに捉えています。

認知症を遠ざけたいのなら、脳の機能が落ちていくスピードをできるだけ緩やかにすることが大切である、と考えます。発症を遅らせることができれば、それだけ元気なまま過ごせる時間が長くなるわけです。

脳の老化を緩やかにすることなど、できるのでしょうか。私たちが福岡県久山町の住民約9000人を対象に続けてきた調査から見えてきたのは「認知症の発症リスクは抑えられる」ということでした。

久山町研究は、1961年に始まりました。もともとは脳卒中の疫学調査としてスタートした研究です。当時は日本人の死因として脳卒中が非常に多く、どのような生活習慣が脳卒中の原因になっているのか、実態を明らかにする必要がありました。久山町の住民は年齢構成や職業分布が全国平均とほぼ同じだったため、平均的な日本人集団を調査する対象としてピッタリだったのです。最初に調査への協力を得てから60年以上経った今でも、こうした傾向は変わっていません。

調査で採用されたのが、40歳以上の住民全員を対象に調べる方法です。一部の人だけを見るのではなく、町全体を丸ごと、60年以上にわたって追い続けてきたわけです。そして、この全数調査という方法が、認知症を調べるうえで決定的に重要でした。

というのも、認知症の疫学研究は非常に難しいのです。認知機能が低下してきたと感じても、なかなか病院を受診しようと思われない方は多いです。そして、病院に来られたときにはもうかなり進行している。そのため、事前に兆候を摑むこともできません。

最近は医療ビッグデータを使う研究もありますが、認知症に関するデータベースとしては、介護認定の記録が最も有用です。ところが高齢者全員が認定を受けているわけではありません。私たちの調査では、認知症に罹患されている方のうち、介護認定を受けている方は5〜6割程度でした。つまり、データベースだけでは実態はわからない。調査するには地域に入って、一軒一軒を回って調べるしかないと思われます。そのため久山町研究は、全数調査を行い統計的なデータを集められている数少ない調査のひとつとして、認知症の実態やその経時的な変化を明らかにするうえで活用されています。

久山町のデータを見ると、認知症の有病率がどのように変化したかが見えてきます。認知症の調査が加わったのは1985年。そこから90年代にかけては、有病率はほとんど変わりませんでした。ところが2000年代に入ってから急増。2012年の調査では65歳以上の17.9%、およそ5人に1人が認知症という結果が出たのです。

その後、2012年をピークに久山町の認知症は減り始めました。新たに発症する方の割合も下がっていました。

(構成=本誌編集部 イラストレーション=岸 潤一 図版作成=大橋昭一)