自宅と会社、どちらが仕事ははかどるのか。コロナ禍をきっかけに在宅勤務制度を導入する会社が増えたが、海外では「生産性が下がる」ことを理由に働き方を完全出社に戻す企業が相次いでいる。業績とエンゲージメントの観点から、最善の選択を解説する。

在宅勤務は生産性を本当に下げているのか

今年7月、GMOインターネットグループの熊谷正寿代表が同社の在宅勤務について「グループとしての推奨を終了する」と発表しました。コロナ禍ではいち早く在宅勤務を取り入れ、ネット企業の代表格でもある同社が「原則出社」へ転換したことは、大きな反響を呼びました。

熊谷代表はX(旧ツイッター)でこの判断の理由として「在宅勤務者のPCタイピング数の減少」を挙げていました。それに対しネット上では「経営者が社員を管理したいだけではないか」「時代に逆行している」といった批判的な反応が相次ぎました。リモートワークを手放したくない働き手にとって、この理由は経営者による管理強化のように映ったのではないでしょうか。この件はちょっとした炎上騒動のようになり、熊谷代表は「在宅勤務という働き方そのものを否定するものではない」として説明を修正するに至りました。

2024年後半以降、アマゾンをはじめ、アクセンチュアやベイカレントなど国内外の名だたる大企業が相次いでリモートワークの廃止を打ち出しています。こうした動きを見ると社会では、原則出社回帰へのトレンドが生まれているようにも映ります。

一方で、マーサーの調査※では日本国内においてリモートワークを導入している企業は9割を超え、現時点で廃止を予定している企業はありませんでした。社員に求める出社頻度は平均で週2.8日。完全出社でも完全リモートでもなく、ハイブリッドワークが新たな標準になっているのです。

※マーサージャパン曽我智弘氏の論考「リモートワークが日系企業の人材マネジメントに突きつける課題」にて実施のサーベイより。2025年10~12月実施。日本で事業を営む上場・非上場・外資系企業175社が回答。

となると、「出社か在宅か」どちらが正しいのかという問題ではなさそうです。企業がハイブリッドという解にたどり着いた先で問われているのは「集まった時間に何が起きているのか」、そして「働き手の何が見られているのか」という中身です。

多くの会社は、個人が達成する数字だけを見ているわけではありません。仕事は個人戦ではなく組織戦であり、成果の多くは同僚との協働から生まれます。その社員が周囲にどう働きかけ、どんな影響を及ぼしたかまでを含めて、会社は評価しています。この前提を外すと、働き方と評価の関係を見誤ります。

そもそも人は、仕事に必要な多くのことを、他者との関わりの中で身に付けていきます。人材育成の世界で知られる「70・20・10」という経験則があります。人の学びの7割は実際の仕事の経験から、2割は上司や同僚からの助言やフィードバックから得られ、研修などの座学は1割にすぎないという考え方です。

同じ場を共有していれば、質問するほどでもない小さな迷いをその場で解消でき、上司も部下の様子を見ながら必要に応じて言葉をかけられます。若手が先輩の仕事ぶりを間近で見て判断の勘所を覚えるのも、困っている同僚に手を貸すのも、雑談の途中でこぼれた一言から次の企画が動きだすのも、同じ場に居合わせるからこそ起こります。

こうした日々のやりとりが積み重なると、一人一人の学びを超えて、集団としての共通の物差しが育っていきます。何を大切にし、どんな場面でどう動くのか、言葉にしなくても互いの判断が読める状態です。日本の職場で大切にされてきた「阿あ吽うんの呼吸」は、偶発的なやりとりの蓄積から生まれてきました。

(構成=渡辺一朗 イラストレーション=村田篤司)

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