『変身』よりも今読まれるべき名作

生成AIによる変化の波が押し寄せる中、「自分の得意技が時代遅れになってしまった」と感じる人も多いのではないでしょうか。自分はこの道で生きていくと決め、技術や専門性を磨いてきたのに、それが社会から必要とされなくなったら、これほど寂しいことはありません。この局面を乗り越えるための心の持ちようは、どうあるべきか。それを考えるうえでお薦めなのが、フランツ・カフカの短編小説「断食芸人」です。カフカといえば『変身』があまりにも有名ですが、全18ページに現代的なテーマが凝縮された本作は、今こそ読まれるべき名作です。

「ここ数十年の間に断食芸人に対する関心ははなはだしく衰退してしまった」

本作はこんな一文で始まります。主人公は断食芸を見世物にする男で、かつては町じゅうが断食芸人に熱狂し、大興行を催せば一財産がつくれるほどの人気者でした。しかし時代は変わり、大衆は新たな娯楽を求めてほかの見世物へ流れていきました。長年磨いてきた得意技が必要とされなくなる状況は、現代人が直面するAI時代の到来に通じるものがあります。

断食芸人は一切妥協することなく、自らの芸を極めてきました。檻の中に入って何も食べずに長期間過ごすという体を張った芸だけに、「観客や見張り人が目を離した隙に食事をしているのではないか」という疑いが常について回りましたが、たとえ誰も見ていない瞬間があろうと、断食芸人は決して食べ物を口にしませんでした。

「ただ断食芸人自身だけがそれを知ることができた。つまり彼だけが自分の断食の完全に満足した観客でありえたのである」

それどころか断食芸人は、自分はもっと高みを目指せると確信していました。彼のマネージャーは断食期間を最長40日間と定めていましたが、本人は「まだ自分の断食能力に限界を感じない」と主張し、「自分の記録を更新するという名誉まで奪おうとするのか」と憤ります。

 
断食芸人

断食芸が衰退しつつある現状では、最長記録を更新したところで、誰も興味を示さないかもしれない。それでも断食芸人は、自分だけが知る記録の更新に挑戦したいと望んだのです。

その感覚は私も理解できます。例えば本を1冊出版するたびに、私の著作数や累計発行部数の自己記録は更新されます。世の中を見渡せば私より多くの本を出している人はいるでしょうし、講演会で「齋藤教授の著作は累計発行部数が1000万部を超えています」と紹介されても、客席から「へえ」「すごい」といった声が聞こえることは残念ながらありません。

それでも私が自己記録の更新に挑戦し続けたい気持ちは変わりません。たとえ他人は目もくれないような記録でも、積み重ねてきた努力や苦労を自分だけが知っていて、そのことに誇りを持つ。これも一つの心の持ちようです。

必要とされなくても断食芸を続けた理由

断食芸人も自分の芸に強い誇りを持つがゆえに、世間が彼への関心を失っても職業を変えることができず、最後はサーカスに拾われます。長年支えてくれたマネージャーとも別れ、スケジュールや体調を管理する人がいなくなったことで、皮肉にも彼は可能な限り断食を続けられるようになりました。

(構成=塚田有香 撮影=川しまゆうこ イラストレーション=米山夏子)

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