1つのパターンに執着する弊害とは

仕事を長く続けていると、自分なりの「型」が身につきます。過去の経験から成功のパターンを見出して型をつくることは、仕事の効率や再現性を高める有効な手段です。ただし一度つくり上げた型に固着し、同じパターンを繰り返すだけになってしまうと、成長や進歩が止まり、却って停滞を招くことになります。

英国の作家ジェイムズ・ヒルトンによる学園小説の名作『チップス先生、さようなら』は、一人の教師がある出会いから自分の型を破り、生徒たちから愛される先生として教壇に立ち続けた生涯を描いています。

チップス先生は古典の教師ということもあり、もともと保守的で厳格な人物でした。年齢を重ねるごとに若き日に抱いていた出世への野心も失われ、48歳を迎えた頃には「いまの日々がこのままこの先もつづくのだろう」と考えるほど、型にはまった毎日を送るようになります。

そんな彼の前に現れたのが、若き女性キャサリンです。チップス先生に言わせると、彼女は「当世風の女性、いわゆる“新しい女”」でした。1890年代の英国で普及し始めたばかりの自転車を颯爽と乗りこなす彼女の姿は、新しい時代を象徴する存在に映ったのでしょう。キャサリンの人物像は、こんな一文からも読み取れます。

「イプセンの本を読み、この劇作家に心酔していた。大学は女性の入学を認めるべきだとの信念をいだいてもいた。そればかりか、女性も投票権をもつべきだとまで考えていた」

イプセンは女性の自立と家庭からの解放を描いた戯曲『人形の家』を発表し、当時の欧州社会で物議を醸した劇作家です。主人公のノラに心酔するキャサリンも、女性の自立について強い信念を持っていたことがわかります。

保守的なチップス先生は、自分が“新しい女”に反発を感じると思っていましたが、いざ目の前に現れると、キャサリンと会うのが楽しみになります。一方のキャサリンも、チップス先生に好感を抱きます。彼は考え方こそ古臭いものの、折り目正しく物静かで、嘘偽りのない性格だったからです。

こうして二人は熱烈な恋に落ち、結婚します。この出会いがチップス先生にもたらした変化は、驚くべきものでした。

すでに語られているように、結婚前のチップス先生は型にはまった生活を送っていました。

「おなじ内容の授業を何年も何年もくりかえしていると、一定の型ができあがってしまう。すると授業以外の日々の暮らしのあれこれも、知らず知らずその型にすんなりおさめるという悪癖に染まる」

(構成=塚田有香 撮影=川しまゆうこ イラストレーション=米山夏子)

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