ミステリーの女王が「自分という謎」に迫る

自分は周囲からどう思われているのか。それは誰もが気になるところでしょう。とはいえ、普段はこの問題についてじっくり掘り下げる時間もないので、気になりつつ考えるのをやめてしまう人が大半ではないでしょうか。

『座右の一行』(プレジデント社)
本連載をまとめた書籍『座右の一行』が小社より1650円(税込)にて販売中!

自分を知ることは大切だとよく言われます。しかし過去を振り返り、自らを客観的に見つめ直すのは容易ではありません。特に自分にとって都合の悪い記憶は、無意識に封じ込めようとするので、本当の自分に辿り着ける人は限られるはずです。

アガサ・クリスティーの『春にして君を離れ』は、図らずも自分の人生を顧みることになった女性を描いた小説です。「ミステリーの女王」と称される著者としては異色の作品で、殺人事件が起こるわけでもなく、一人の女性がひたすら記憶を辿りながら、自分という謎に迫っていくのが本作の面白さです。

主人公のジョーンは、優しい夫と3人の子どもに恵まれ、理想の家庭を築き上げたと自負する中年の主婦です。バグダッドで暮らす次女が急病との知らせを受け、見舞いに行った彼女は、陸路でロンドンへ戻る途中に昔の友人と偶然再会し、それをきっかけに自分のことを考え始めるというのがあらすじです。

それまでジョーンは、自分をよく知っているつもりでした。友人から「何日も何日も自分のことばかり考えてすごしたら、自分についてどんな新しい発見をすると思う?」と聞かれた彼女は、こう答えます。

「自分自身について、これまで気がつかなかったことなんてあるものかしら?」

ところが荒天により宿泊所に足止めされ、一人で時間を過ごすうちに、過去の記憶が呼び起こされ、満ち足りていたはずの人生に疑問を抱き始めます。

あるとき夫のロドニーが、弁護士をやめて「農場を経営したい」と言い出したので、ジョーンは大反対し、彼を説得して弁護士を続けさせたことがありました。

「すんでのことで一生を棒に振るところだったロドニーを思い止まらせたのは、何と幸運なことだったろう!」

ジョーンは自分の行動を自画自賛します。しかし客観的に見れば、彼女は自分の意見に周囲を強制的に従わせる人間で、そのために夫は好きなことをできずにいるのです。

(構成=塚田有香 撮影=川しまゆうこ イラストレーション=米山夏子)

検索時にプレジデントオンラインに関連する記事が表示されます

【関連記事】
なぜ「正直すぎる人」ほど居場所を失うのか
原因を追究しすぎた王が迎えた最悪の結末
人生の重荷を全部捨てた女性に残ったもの
英国6万人調査で判明…死亡リスクが最大48%減る究極の眠り方とは
1万円以上のパジャマが働く女性に大ヒット…服の素人が「ジェラピケ」を生み出せた理由