新しい友達をつくる必要はない

役職を離れ、定年が近づく年齢になると、仕事の比重は次第に小さくなり、代わりにプライベートの時間が増えます。しかし仕事一辺倒だった人は、特にやりたいこともなく、暇を持て余すことが多いようです。この空白の時間を埋めるには、何が必要か。それは友達ではないでしょうか。ちょっとした時に気軽に行き来し、何気ない話ができる相手がいれば、それだけで人生は豊かになります。

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新しく友達をつくるなら、習い事や趣味の集まりに参加するのもいいでしょう。とはいえ、一から友達づくりをするのはハードルが高いと感じる人もいるかもしれません。そんな人には、もう一つの選択肢があります。それは旧友との交流を復活させることです。

私も先日、大学の同窓会で40年ぶりに同級生たちと再会しました。あまりに久しぶりで、最初は誰が誰だかわからないほどでしたが、しばらく会話するうちに「そんなこともあったね」と共通の思い出が蘇り、旧交を温めるのもいいものだと実感しました。

向田邦子さんの小説『あ・うん』は、20年来の友情で結ばれた二人の男の物語です。脚本家として数々の名作ドラマを生み出し、小説家として直木賞も受賞した向田さんにとって、唯一の長編小説になります。

時代は太平洋戦争を控えた昭和初期。軍需景気で勢いに乗る金属会社社長の門倉修造と、中堅企業の社員としてつましい月給暮らしを送る水田仙吉は、あつい友情でつながった間柄です。二人の関係性は、冒頭の一文からも伝わってきます。

「門倉修造は風呂を沸かしていた」

これは3年ぶりに地方から東京へ戻ってくる水田のために、門倉が風呂の準備をしている場面です。当時は薪まきを焚いてお湯を沸かすので、普段なら社長である門倉がそんな重労働はしないのですが、「長旅の疲れをいやす最初の風呂は、どうしても自分で沸かしてやりたかった」という独白から、水田との友情の深さが伝わってきます。

しかも門倉は、水田が家族と住む借家を自分で探し、当座の生活に必要な品々を揃えて、親友を迎えるのです。水田の妻のたみが「このたびは何から何まで」と礼を言おうとすると、当の水田は「水臭い挨拶するなよ。そんな仲じゃないんだよ。なあ」と遮り、門倉も「おう」と応える。この会話だけで、彼らが気の置けない関係であることがうかがえます。

大企業の社長と一介のサラリーマンが、なぜこれほど親しいかといえば、若い頃に同じ軍隊に所属した戦友だからです。作中で「死なばもろともという間柄」と記されているように、命を預け合った二人の結びつきの強さは、並大抵ではありません。

それを象徴するのが、たみの妊娠が明らかになった場面です。なんと門倉は、生まれたのが女の子だったら自分にくれと言い出したのです。水田にはすでに娘がいて、門倉には子供がいないという事情があるにせよ、いきなりそんなことを頼まれたら断るのが普通です。

(構成=塚田有香 イラストレーション=米山夏子)

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