若手に期待するのは自分も夢見たいから
年齢を重ねると、これまで培ってきたものを若手に継承し、次世代を育てたいとの思いが強くなるものです。ビジネスパーソンなら、仕事を通して身につけた知見を部下や後輩に伝えたいと考えるでしょうし、スポーツの世界で活躍した人が、子どもたちにボランティアで野球や剣道を教えるケースが多いのも同様の理由からでしょう。
あるいは長年働いて貯めたお金を若い人たちのために役立てたいと考える人もいます。私が教えている大学も多くの方から寄付をいただいており、奨学金や研究費として学生たちの支援に活用されています。こうした財産の継承も、次世代育成につながる素晴らしい行いだと思います。
年長者が下の世代に何かしてあげたいと思うのは、若い力に期待し、自分も一緒に夢を見たいという気持ちがあるからではないでしょうか。人生でやりたいことをすべて成し遂げられる人はごく少数です。だからこそ若手を応援し、自分ができなかったことを達成する姿を見たい。それは人間にとって自然な感情なのかもしれません。
1938年に発表された岡本かの子作『老妓抄』は、ある思いを一人の若者に託した老女が主役の作品で、明治以降の日本文学史上、屈指の名短編と称されます。芸妓として長年勤めを続け、今は一定の財産もできて、気が向いた座敷にだけ出ればいい。そんな自由が許される立場になった老妓が、家に出入りする電気器具店の青年・柚木と知り合ったことで物語が動き出します。柚木は快活な若者で、すぐに老妓とも軽口を叩き合う間柄になります。
「柚木君の仕事はチャチだね。一週間と保った試しはないぜ」
電気修理の腕を茶化す言葉を放った老妓に、青年はこう返します。
「そりゃそうさ、こんなつまらない仕事は。パッションが起らないからねえ」
パッションとは何だと尋ねる老妓に、「君たちの社会の言葉でいうなら、うん、そうだ、いろ気が起らないということだ」と答える柚木。それを聞いた老妓は、自分の生涯に対して憐れみの感情が湧き上がります。過去に勤めた座敷の数々を思い返すと、どれもこれもパッションとやらが起こらなかった。そう気づいて寂しくなったのです。
これは私にも思い当たる節があります。クライアントの要求に応えることを優先した結果、思い通りに仕事ができず、自分の魂が削られたような感覚に陥ってしまう。これが柚木の言う「パッションが起らない」仕事であり、皆さんも似たような感覚を経験したことがあるのではないでしょうか。私はその感覚が嫌だったので、どんな仕事もパッション全開で取り組むことにしていますが、老妓のように現役としての役割をほぼ終えた後で「自分は仕事に情熱を注いでこなかった」と自覚するのは哀しいものです。
しかし老妓は自分を憐れむだけで終わる女性ではありませんでした。彼女が柚木に「どういう仕事ならいろ気が起るんだい」と聞くと、彼は電気関係の特許を取って金を儲けたいと答えます。そこで老妓は「早くそれをやればいいじゃないか」と青年をけしかけ、こう提案します。
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