人知を超える存在に懸念を感じたら

人間が生み出したものでありながら、それがいつしか人知を超えた力を持つようになり、人間の手には負えなくなってしまう。そんな存在を「怪物」と表現することがよくあります。例えば核兵器は人間が科学の力で創り出した怪物と言えるでしょう。人類を滅ぼすほどの威力を持った悪魔の兵器を、人間はみずからの手で生み出してしまったのです。

最近はAIに対して同様の懸念を抱く人も増えているようです。特にChatGPTをはじめとする対話型生成AIツールが普及してからは、なんでもAIに質問して答えを得ようとする傾向が強まっているため、「人間がAIに支配されるのではないか」と不安を持つ人がいるのも理解できます。自分の意思で判断しているつもりでも、実はAIに操られているとしたら、確かに恐ろしい怪物のように思えるかもしれません。

古典文学の世界にも、「人間が科学の力で生み出した怪物」を象徴する存在がいます。それがイギリスの小説家メアリー・シェリーの代表作『フランケンシュタイン』に登場する人造人間です。誤解されることが多いのですが、フランケンシュタインは人造人間を創り出した博士の名前であり、当の怪物には名前がありません。とはいえフランケンシュタインと聞けば、誰もが顔や体につぎはぎの縫ぬい目がある傷だらけの大男を思い浮かべるほど、怪物としてのイメージは広く浸透しています。

実は本作の原題には「現代のプロメテウス」という副題がついています。ギリシャ神話に登場するプロメテウスは、神の世界から火を盗んで人間に与えたために罰せられた神族です。つまりこの小説は、人間の分限を越え、神の領域に足を踏み入れようとした者を描いた作品と言えます。

シェリーが本作を執筆した19世紀初頭は、近代科学が大きく発展し、産業革命が進行していた時期でした。当時は科学の進歩が素晴らしい未来をもたらすと期待する見方があった一方で、科学の急速な進展に危うさを感じる人たちもいました。神に代わって生命ある存在を生み出そうとしたフランケンシュタイン博士は、まさに科学の力を借りて許されざる領域に足を踏み入れようとした人物であり、シェリーは人々が抱く科学に対する疑念や不信感を背景に本作を執筆したのでしょう。

いまや遺伝子操作が現実のものとなり、人間の能力を超える存在を人工的に創り出すことも技術的には可能になりつつあります。物理的な肉体を持たないAIも、人間の知能を超える瞬間が近い将来やってくると予想されています。

そのときに人間はみずから生み出したものとどう向き合うべきか。こうした観点から『フランケンシュタイン』という古典作品を読むのも面白いはずです。

人間の扱い方次第で敵にも味方にもなる

物語のあらすじを簡単にまとめると、天才科学者のフランケンシュタイン博士が人造人間を生み出すことに成功したものの、見た目があまりに醜悪しゅうあくでおぞましいため、この怪物を見捨てて逃亡します。知性と感情を持つ怪物は、人間に拒絶されたことに傷つき、創造主である博士に復讐ふくしゅうしようとする展開です。

怪物は博士に対し、「感覚や感情を授けておきながら、おまえはおれをこの世の中に一人放り出して、人間の蔑さげすみと恐怖の対象にしたのだ」と怒りを募らせます。さらに他の人間たちからも迫害された怪物は、人類すべてに対する復讐心と嫌悪感が込み上げるのを感じます。

「彼らが自分を拒否して見捨てたことを思い出すと、怒りが蘇よみがえって激しさを増してくる」

(構成=塚田有香 イラストレーション=米山夏子)

検索時にプレジデントオンラインに関連する記事が表示されます