過去の自分を思い出そう
特に何かあったわけではないが、なぜか心がざわざわする。皆さんもそんな日があるのではないでしょうか。自分の将来に漠然とした不安を抱いたり、自分の生きる世界が不確かなものに思えたりすることは、誰にでもあるものです。
こうした心の揺らぎを感じるのは人間なら当たり前で、それ自体は決して悪いことではありません。「そんなことを考えても意味はない」とすべてを合理的に割り切り、鋼の心で何の迷いもなく生きられるとしたら、それはもはや人間ではなく、ただのマシンと化してしまいます。
とはいえ、ざわざわした不安を抱え続けるのも、あまり心地よいものではありません。そんなときは、過去の記憶を辿ることが一つの対処法になります。
不安に対抗できるのは、連続性の意識です。記憶を辿ることで、「過去の自分と今の自分はつながっている」という連続性を認識すれば、自分の足元が揺らぐような感覚は消え、気持ちが安定します。あるいは過去に知り合った人や亡くなった人と記憶の中で出会うことにより、他者とのつながりを感じて心の安定を取り戻すこともあります。
ただし何十年も生きていると、あまりに多くの出来事がありすぎて、記憶の海の底に眠っている体験や感情もたくさんあります。それを思い返すには、お題を設定するといいでしょう。例えば「歩く」をお題にすると、それをフックとして「小学校の遠足でこんなことがあったな」といった記憶を深海から引き揚げることができます。
韓国の作家ハン・ガンの『すべての、白いものたちの』は、自身が辿った記憶の旅を綴った作品です。著者は2024年にアジア人女性として初めてノーベル文学賞を受賞し、大きな話題となりました。まだ作品を読んだことがない人は、ぜひこの機会に手に取ってみてください。
本作はこんな一文で始まります。
「白いものについて書こうと決めた。春。そのとき私が最初にやったのは、目録を作ることだった」
それに続いて「おくるみ」「うぶぎ」「しお」「ゆき」「こおり」などのリストが並びます。つまり彼女は「白いもの」をフックとして、記憶を辿る旅に出ることにしたのです。
「単語を一つ書きとめるたび、不思議に胸がさわいだ」
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