複眼的思考を身につけてみよう

私たちが世の中を見るとき、無意識のうちに「役に立つか、立たないか」を基準にしています。ものだけでなく、人に対しても「あいつは使える」「こいつは使えない」といった表現をする人がいるのは、その表れです。現在の資本主義社会では「有用か、無用か」が最も重要な判断軸であり、役に立つ人間ほど多くの報酬を得て、大金を手にできる仕組みになっています。

ビジネスの世界にいる人たちは、「仕事ができる人間が評価されるのは当然だろう」と考えるかもしれません。しかし広い視野で世界を眺めると、一見何の役にも立たないように思えるものが、大切な役割を果たすこともあると気づくでしょう。

これを「無用の用」という言葉で説いたのが、古代中国の思想家であり、道教の始祖の一人とされる荘子です。その思想を記した書物の『荘子』には、「胡蝶の夢」「朝三暮四」「井の中の蛙」など、今でもよく使われる言葉の出典となったエピソードが多数収められています。

「無用の用」については、次のように語られています。

ある者が「自分のところに大木があるが、幹はこぶだらけで小枝は曲がりくねり、使いようがないから大工も切ろうとしない」と愚痴をこぼします。すると荘子は「君はその木を大きいばかりで役に立たないと言うが、なぜその下に寝そべって、ゆっくりとくつろごうとしないのか」と問いかけ、こう話します。

「斤斧きんふに夭きられず、物の害する者無し。用もちう可べき所無きも、安いずくんぞ困苦こんくする所あらんや」

現代語に訳すと、このような意味になります。

「まさかりや斧で若木のうちに切りたおされもせず、何かに危害を加えられる恐れもない。何の役にも立たなくたって、気に病むことなんてまったくないんだよ」

大木は役に立たないと思われているから、そのおかげで切りたおされず、人々に憩いの場や涼しい日陰を提供できるという良さがあるではないか。荘子はそう言っているのです。木は切ってこそ役に立つと考える相手に対し、視野を広げれば別の世界が見えてくると伝えています。

別の対話では、「種を蒔まいたら巨大な瓢箪ひょうたんが育ったが、飲み水を入れると重すぎるし、使いようがないから叩き割ってしまった」と話す相手に対し、荘子は「なぜその瓢箪で大きな浮き樽をつくって川や湖に浮かべようとは考えないんだ」と問いかけます。水入れとしては役に立たなくても、船として使えばいいではないかというわけです。

(構成=塚田有香 撮影=川しまゆうこ イラストレーション=米山夏子)

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